衛宮士郎は結局のところ、その晩に遠坂凛達と会合することは無かった。

 遠坂達が待っているであろう橋に向かった彼の目の前には一度見たことのある陰と一度も見たことも無い影がいた。

その影の一つが問いかけた。

「ほっ、確か昔一度見た覚えがあるぞ小僧。随分と様変わりしたようじゃが元気にしておったか」

 土気の色の皮膚をした老人が脇にアサシンのサーヴァントを従えて橋の近くの公園にいた。

 士郎はそれが誰だか思い出せない。

「なんじゃ、久しぶりに顔を見合わせたというのに儂の顔に覚えすらないとは慎二は碌な友人をもたんやつだな」

 ―――儂が言える立場ではないがな。と、カカっと哂うように言う。

「慎二の、爺さんか」

 だが、士郎の声は冷たい。横のサーヴァントには見覚えがある。

 衛宮邸に偵察に来ていたサーヴァントだ。

「如何にも―――儂が間桐臓硯よ」

 カカっと老人は愉快そうに嘲笑う。その理由が分からない。

「何のために来た」

 士郎は孫の友人と出会った普通の老人のような態度をとる臓硯が不気味に思えた。

 いや、サーヴァントを従えて士郎が来るのをまるで分かっていたようなこの態度が気に食わない。それでは、まるで―――

「儂が言いたいことはな、小僧」

 ぎょろりと、片目だけが別物のように蠢いた。

「最後の孫を殺して欲しいことじゃ」

 この老人は何を言っているのだろうか。

「あれの暴走は主にも責任はあるのだぞ」

 ぐるぐると別の意思を持ったように動く眼球が士郎を見つめ続けている。

 ふざけるな、そう士郎は言い返したいのに、それをさせる空気が無い。

「儂はなぁ、小僧。――――――――――――失敗したんじゃ」

 それは老人が初めて他人に後悔を表した姿だった。

 失敗、その一言で慎二も―――桜も片付けられてしまうことが腹立たしい。

「儂はもう随分と長く生きてきてこれだけ失敗し続けて、いまも成功しようとしてまた失敗しておる。これを乗り越えるために失敗を上塗りに繰り返して、また失敗しおった。救いようの無い道化よ」

 どこか晴れ晴れとした口調で言う。

「だから、最後に成功したいのじゃよ、あの失敗作さえいなくなれば儂一人でもうまくいくはずじゃからな」

 最後に、無表情だが意思ある声が自分が勝者になる事を断言していた。

「小僧にとっての理念にも反するじゃろう、あの『桜』は? どうじゃ、あやつの所在くらい教えてくれてやるわ。互いの利益のためじゃ、どうだ。取引じゃ小僧。儂が『桜』の場所を教える代償に、お前はアインツベルンを守ればいい」

 なぜ、そこでアインツベルンの名前が出るのか、分からない。だが、この老人の狂気じみた願望だけは士郎に圧倒的不快感を伴って襲ってくる。

「断る」

 理論的ではなく直感で士郎は答えた。

「……アサシン」

 落ち着いた韻を含んで諦めたような口調で命じる。

 音が無いのが不気味だった。

 影がそのまま移動するようにぐるり、と士郎の周りをアサシンは走り始める。

 フォン、と空気を裂く音と共に士郎にダークが投げつけられる。

「投影、開始」

 両手には手に馴染みきった双剣、千将と莫耶が握られている。

 ダークを迎撃するが、士郎はそれでも油断はしない。それこそアサシンのサーヴァントが狙う隙。能力は低くとも敵はサーヴァントなのだ。その気配遮断や投合技能ではなく狡猾さこそがやつの真の武器。

 ならば、迎え撃つのではなく、立ち向かう。すればその、余計な策謀も回す暇もない。

 お互い奔りこんで交差するように刃を向けあう。

 虚を疲れたアサシンだがその態度を見せることなく、長い異形の腕を振り上げて士郎の心臓を上段からダークで打ち抜こうとする。

 振り下ろすそれは断頭台を思わせた。

それを体のひねりで交わし、士郎は走り抜けた。

 その動きと速度はアサシンの予想を超えていた。

 確実に人間の域を超えた動作、それはサーヴァントのそれに近いもの。

 全身に流れる魔術回路は自然と、士郎自身の体を強化する。

 脇にそれた士郎をアサシンが振り返る。そこにいるはずの士郎はいない。

すでに、衛宮士郎は間桐臓硯に切りかかっていた。

 その刃は臓硯の肩口から一気に心臓まで砕き裂き、地面まで達していた。

 それを認識した瞬間、アサシンのサーヴァントの気配も消えた。

 粉じみた血が臓硯の口から吐き出される。それでも―――

「―――やりおるな、小僧。サーヴァントすら持たぬ貴様が勝つ可能性もあるということか」

 ぼふっ、と無数の蟲に沸かれた。その蟲は、

「―――――――――ぐぎゃ、―――ぐぎ、――――ぁ、―――ぎゃぎ」

 何か、下品な音を出している。

 その溢れた蟲達が、士郎の足を食い破ろうとする。

「くそっ!」

 それを振り払い、短刀を投影して切りはがす。

 はがし終えたとき、臓硯の残骸は消え去り、アサシンの姿も消えていた。

 士郎はふらふらと体が覚えている自分の住処へと足を向けていた。

 橋を渡ろうとして、今更ながら橋の歩道が滅茶苦茶になっているのに気付いた。

 

 

「――――――――――――――ふん」

 不機嫌極まりない声を教会の礼拝堂の椅子に座った王が吐き出した。

 ただ座るのではなく最前列の長いすに傲慢な態度を持って自らの主を睨み付けている。

 鎧ではなくこの時代の服を自分で調達したものを身に着けている。その姿はただの若者に見えるが全身から王が持つオーラが雰囲気からにじみ出ていた。

「やはり、不満ですか」

 どす、っとシエルの足元に一つの剣が突き刺さる。それでも目線を変えずに自らのサーヴァントを見つめている。

 あれだけ挑発したのに遠坂の魔術師は来ることも無かった。

 他のマスターもくることはない。ヘラクレスは想像以上に歯ごたえがなかった。

 願いが転がり込むのを待つのではなく、奪いにいくのが性にあっている。

「ああ、不満だ。不満だとも、マスター。全ての命は我が自分の意思で奪っていいはずだ。この戦いも敵の命を我の手で自由に扱えるはずだ。だが、我の所有物に手を出そうとするあの雑種が邪魔だ。あの影を焼き払う。我だけが殺していい、我だけが壊していい、我だけが、奪っていい、我だけが、全てを手にできなければこの世界の意味がない」

 マスターに全ての不満をぶちまける。それは明確な殺意を持っていた。

 自分に従わないのなら、お前も邪魔な雑種、と言葉にはしなくとも伝わってくる。

 ――――予想以上に危険だ、とシエルは今更ながら思った。

(令呪の束縛? いいえ、そんなもの、これに対して意味を成さない)

彼女自身が導き出した答えは正解に等しい。それでも、

「ギルガメッシュ、あなたのその傲慢さはやがてあなたの足元を引っ張ってあなた自身を潰すことになる。それがあなたの弱点よ」

 鼻で軽き息をならして、

「何を言う、マスター。傲慢とは王が持ちうる品格よ。それが弱点というなら我は逆に、もっと傲慢になってやろう。そのほうが下賎の連中が我を突く事ができる隙になる。弱点が知られればその分戦いは楽しくなるだろう?」

 心底おかしいのか、ギルガメッシュは自分の言ったことに酔い、飽きるまで高笑いを続けた。

 その笑いが終わったとき、

「マスター、我は一人で街に行くぞ」

 扉が開かれたとき、朝の冷たい空気が教会を冷やした。

 

 

 衛宮士郎は実に簡略な結界を自分の家に敷き、五年前のように部屋の掃除を始めた。

 心を落ち着けるため。かつていたもう一人の家族を殺さなければいけない。

その、覚悟が必要だ。

たとえ、今は感傷に流されようともいま行っている、かつて失った行為には意味がある。衛宮士郎だけが持ちうる覚悟のための行動。

 風呂も掃除し、そこで汚れを落とし、ふと、道場に足を伸ばした。

 

 痛いほどの陽光が差し込み、衛宮士郎のセイバーを映し出した。

 道場と一体化したような彼女はどこか、神聖さと誇りによる凛々しさに満ちていた。

 声をかけることもためらってしまう。その瞬間、芸術作品にも似た彼女が動いてしまうから。

 今はこの姿を見つめ続けていたい。

 その姿は何があっても忘れることは無いだろう。

 

だけど、錯覚だ。いるはずはない。

 そこに、かつて、騎士王の少女はいた。

自然と、息を吐き出した。

霞んでいた自分の視界を力を込めて拭う。衛宮士郎は道場の雰囲気を懐かしむようにゆっくりと回る。

最後に、振り替えることもなく道場の扉を閉めた。

 

 じゃり、と中庭の土を踏みしめ、かつて切嗣と語り合った縁側を見て、土蔵に足を踏み入れる。

 全てが――そう、いまが始まった場所に、ゆっくりと入る。

 そこはかつてサーヴァントを二回召還した場所。

 この場所は彼にとっての聖地であり、そして霊的な意味合いで強いものを持っている。

「―――告げる」

 サーヴァントを召還するのではない。

 これは、いつか英雄になるであろう、自分からの情報を引き出すための術。

 たとえ、抑止に喰われようとも、エミヤシロウからエミヤになるためなのだから、たいしたことはない。

 抑止の扉が、ゆっくりと開かれた。

 

 

 ハコをカラカラと鮮花が引きずる。

 横には凛。まったく整地されていない新都の公園に二人して同時に踏み込む。

 目の前には金髪の若者が立っている。

 凛には見覚えのある青年。鮮花は話だけ聞いている存在。

「我と戯れないか? 雑種」

 友人に気軽に話しかけるように―――ギルガメッシュは言った。

「あんたのマスターはどうしたのよ」

 知るか、とあきれた口調でギルガメッシュは答える。

「――――Das Schliesen(準備).Vogelkafig(防音、),Echo(終了)

 凛は即座に防音、知覚されないように公園全体に結界を張る。

 15年前の決着はここで、奇しくもそれをした英霊と同じモノが凛の前に立っている。

 まだ昼過ぎ―――日が傾いた程度の時刻、戦闘がないと凛は踏んでいたのが―――甘かった。

 こいつは夜とか昼とか関係なしに自分の都合で動くやつだ、マスターに隷属する気なんてさらさらないのだ。ひょっとしたらマスターすら殺してるかもしれない。と判断する。

 結界を張った瞬間、ボッと空気が弾けるような音がする。

「シキ!」

 シキが現界し、矢のごとく飛んできた剣を短刀で防ごうとして、

「がっ」

 失敗した。胸の中心にどすりと西洋刀が突き刺さる。

 飛んできた刃は宝具、防ごうとして用意に防げるわけではない。

 凛の脳裏に串刺しになった自分とシキが容易に想像できた。五年前のキャスターのように全身を貫かれ、原型もなく壊れてしまうだろう。

「ランサー!」

 即座に現界したランサーが吼える。

最初(はな)から全力でいかしてもらうぜ!」

 即座に跳躍し、ギルガメッシュと距離をとる。

 ランサーは敵の情報をすでに聞いている。彼のその眼はいつもと違い、本気でやる意思が現れている。戯れで戦うのではなく、マスターを生かすために戦う。

「刺し穿つ―――」

 魔力の渦がランサーを中心に流れ出す。

あと、数カウントで、残る一言を言えばランサーの手から魔槍が放たれ、ギルガメッシュの心臓を抉り出すだろう。

だが、

「させるものか、雑種」

その言葉より早く、空間から刃の先端が覗く。

 1や2では済まされない。

 何十、何百もの兇器、全ての武器の原型がいまかと飛び出すことを心待ちにしている。

「――――――――行け」

 そのとき現れた何百もの武器がランサーに向けて発射される。

「くそっ!」

 目前に迫ってくる武器群の奥でギルガメッシュが嗤っているのが見えた。

 即座に真名を唱えるのをやめ、防戦に入る。

中途に集まった魔力を槍に込めた状態で旋回させ、武器の流れてくる軌道を変える。

即座に脇に胸に刀が刺さったままのシキも立ち武器を防いでいく。

 限りがあるはずだ。今の発射が終わったときが隙になるはず。その思いで必死に防ぐ。

「つまらん」

 シキとランサーは考えが甘いと悟った。

 止まらないのだ。

 勢いも、量も、全て変わらない、寧ろ量は先ほどにも増して増えてくる。

 手を動かす速度が二人とも跳ね上がる。だが、追いつこうとした瞬間、更に量が増える。

 飛び込む武器の雨の中を一歩ずつ、微かにだが、前進しようとする。そのときにまた量が増える。

 ランサーとシキを観察して二人が突破口を見つけようとした瞬間容赦なく追撃をしてくる。

 数多もの武器を飛ばす本体、ギルガメッシュの笑いが、余裕を持っているものか、挑発をしているものか判断はできないが、どちらにしろ、それはこの戦力差をあらわしているものだ。

 武器の量は変わらず、つぎつぎと空間から吐き出され周囲の土地の原型がなくなっていく。

 地面がどんどんと抉りぬかれ墓標のように次々と剣が無尽蔵に地面に突き刺さっていく。

 空気は摩擦で熱を持ち、奏でられていた金属の楽器は騒音に変わっていく。

 正に戦、敵軍に囲まれた二人の騎士が孤軍奮闘するように見えた。

「どれ、こうすれば少しは変わるか」

 ぼっ、と違うところから発射された剣が鮮花と凛に向かって跳ぶ。

「!」

 二騎のサーヴァントが声をあげようとするが、その隙もない。

 速度が、密度が更に跳ね上がった。

 剣の切っ先が鮮花と凛の目前まで一秒と懸からず飛んだ。

「――――――出ろ」

 冷たい、拒否すら許さぬ命令の意思が込められた鮮花の声が騒々しい空間に冷たく響く。

ばっくりと鞄―――――――匣が開いた。

 それは、目の前に迫ってきた宝具を喰った。

 ぐるぐると跳んできた刃の余剰エネルギーを消費するように鮮花と凛を中心に影が高速で回転し、動きを止める。

「何だ―――それは」

 ギルガメッシュは不快そうに吐き捨てた。

「さあ、原始人には理解不能なものだってことは確かよ」

 鮮花がたっぷりと虚勢を張った。

 

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