「シロウ―――――――貴方を、愛している」

 

 聖杯は壊れた。

 否、壊された。

 

 ――――五年後

 

 聖杯は壊れたのか。

 否。壊されたのはあくまで器のみであり、それは不完全なものである。

 大聖杯は残り、力の巡りは以前存在した聖杯戦争とは異なる流れを持って、彼らの戦いは幕を開ける。

 

 Fate/night over the 2nd

 

 

 prologue:聖杯戦争前夜

 

 今も見る夢。

 紅い外套を着た青年。

 私が、見殺しにしたサーヴァント――真名は知らない――アーチャー。

 あれから五年も経ったというのは未だ信じがたい。

 倫敦に行って修行を積み、自らの霊地を完全に管理できるようになった頃、私は冬木の街に帰ってきた。

 私は久しぶりに衛宮家に向かった。

 そこには誰もいない。荒れてもおらず、また、寂れてもいない。

 なのに、誰もいない。

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 彼女が死んでからこの屋敷は死んだのだ。

 アインツベルンの特殊なホムンクルス。

 異常なまでに多い魔術回路を持ち、衛宮士郎の父親と接点があった少女。

 彼女は歳をとってはいない。つまりは、そういうことだ。

 人間ではないから発生する不完全な生命としての限界、欠点。

 短命は彼女が生まれたときから決定されていた。

 そしてこの屋敷の主人である衛宮士郎ももとより死んでいたのだ。

 思えばあの聖杯戦争よりずっと前に、私の知らない、私の知る由もない何かの手により彼は死んでいたのだ。

 その正体を私が知るわけもなく、また知る権利もなかったのだ。

 間桐桜―――私の妹である彼女もそれ以来行方も知れず、間桐邸はいまやただの空き地となった。

 そこに五百年以上連綿と続いた魔術師の家系の名残も拾うことも出来ず、そして、もとよりそのようなものはこの世に何一つとて存在しなかったかのように消えていた。

 無論、私は桜を―――唯一の肉親である彼女を探し続けようと思ったが、倫敦に行っていたのだからそれは不可能で、すべてを藤村先生に任せ切りだった。

 衛宮士郎―――私と協力して闘った彼も私が倫敦に行っている間、イリヤの死を切掛けに消えた、らしい。詳しく知ることすらできない。

 彼の行方も妹の行方も知れず、私に残ったのは僅かな顔見知りだけだ。

 衛宮家の扉を開け、中に入る。

 埃の落ちていない廊下を歩き、自分の過ごした部屋を目指すように歩いていく。脇を見れば整然とされた庭が見える。おそらくは藤村先生達がいつでも士郎が帰ってこられるようにしているのだろう。

 そっと、縁側に腰を掛ける。

 静かに目を閉じ、気の感触を味わって土蔵のある庭を見る。

それだけであの日々が蘇るようだ。

 

 私が帰るたびにこの衛宮邸に寄る理由。

 それはほんの、僅かな間だけでも皆が集まり、誰もが幸せそうに生活していて、今も誰かがいないかと思い、それに期待し同時に絶望する。

 そんな、いつもの繰り返し。こころの贅肉だ、なんていっていても仕方がない。

 高校時代、哲学は老後のためにとっておくなんていいながら私は誰も居ないからそれにはまっていく。五年前の私から見れば滑稽に映るだろう。

 私がこの街に帰ってきた理由は、あの聖杯戦争がもう一度起こるということ。

 私はこの土地の管理人である。

しかし、私は参加権利を放棄したので外来の魔術師を中心に執り行うことになった。

 私は教会側からきた監督役にこれから会いに行くところだ。

 私は思い出の残留する縁側から腰を上げた。

 そっと後ろを振り向く。

 やはり、誰もいない居間しか見えなかった。

 

 聖杯戦争―――前夜 Death Point

 

 協会側からの監督役は遠坂凛という女性だということが判明したのは、教会の代行者として来た彼女が派遣された当日のことだった。

 遅すぎる伝達は今に始まったことではない。かつて三咲町に住んでいた頃もそうだった。

 新都側にある聖堂教会でのんびりと食事をしながら彼女―――シエルは教会の扉が唐突に開かれた時、食していたカレーパンを机の上に置き、カソックを整え、遠坂凛を迎えた。

「あなたが遠坂凛ですね」

 ええ、と凛は答えた。

 凛は自分と同い年くらいであろう外国人を見て、驚いた。

 以前、言峰のような男が取り仕切り、その後に来たのは初老の男であったため、女性でこのような血生臭い任に付く人がいることに純粋に驚いただけだ。

 だが、実力がそれだけあるのだろう、と納得する。魔法使いにも女性がいるのだ。

 この世界は実力主義だから性別は関係ない。

「あなたが教会から派遣された代行者ですか」

 はい、とシエルは答えた。

「私はシエル、と言います」

 彼女は珍しくカソックを着た上でめがねをかけていた。

「一応の顔合わせですが、お互い監督ですので協力してこの聖杯戦争を見ていきましょう、遠坂凛です」

 と、凛はあくまで表の顔でシエルに言った。

「ですが、私は正直聖杯になんて興味はないですのであくまでルール違反者への罰の代行や保護を中心に執り行って行くつもりですよ、ミス・遠坂」

 と、シエルはさらりといったが、凛は彼女のことをどうも好きになれない。

 対立する組織に所属しているためもあるのだろうか、凛は教会から来たこの女をどうもよく思えなかった。

 生理的、とはちがいその雰囲気がいやなのだ。おそらくは、そのすました顔が嘘臭く見えるからだろう。かつての神父のように教会の人間とはこのような連中ばかりなのだろうか?

 しかし、それは自分を棚に上げているな、と凛は思った。

「で、あなたはマスターになる権利を放棄するとは事実ですね? ミス・遠坂。いえ、遠坂さん」

「書類を見ていなかったんですか? 私は参加する気は元よりないわ……。そういうあなたこそ参加するのですか? 前回ルール違反をした神父がいたけどあなたはどうかしら?」

「私はこのようなことに参加しません。なぜなら願いなんて、例え、聖杯を使っても叶わないものばかりですから」

 そういう彼女の顔は笑っているが目は決して笑っていなかった。

「では、互いに監視役として頑張りましょう」

 シエルはそういい、凛は協会から出ようとすると―――

「遠坂さん、今のところ聖杯に選ばれたマスターは五人。あと二つのサーヴァントを使えますが?」

「ありがと、そこまで言うってことは自由にしろってことね」

 凛は苛立った声を上げて教会の扉を閉めた。

 

「―――」

 深夜、私は気がついたらあの地下室にいる。

 我が家の地下室、ここで、かつてアーチャーを召還した。

 今はその再現。

 以前のようなミスは無い。

腕にも時計はしている。それで現在の時刻は確認済みだ。自分の魔力が最高潮の二時。

 召還のための魔方陣は今回、私の血で書いた。

 宝石はイリヤスフィールの延命に大量に使ったため、倫敦に行った後に製作した物が殆どであり、その価値は希少である。

 前回の聖杯戦争でバーサーカー相手にあれだけ使えたのだ、今回も温存しておくことにこしたことはない。

 もっとも数は少なく、10しかない。

 これでもあのルヴィアに頭を下げてまで調達したものもあるのだ。今はこれで満足するしかない。まあ、そういうことをするのだからエーデルフェルトの一族は参加しない。

 資金不足が原因だ。今回は血液で以前の魔方陣に上塗りした程度に過ぎない。

 時は刻まれる―――腕時計のアナログの針が01:57を指している。

 息を整え、自分を変質させる。

 心に描くは幾重もの刃、それが体中に突き刺さる。そんな感覚。刺さった瞬間、大気のマナが私を濾過機とし、流れこむ。

 これも二度目、ミスはない。

 時は二時、私の魔力は最高のレベルにまで達している。

 体は変質し、魔術を発するための機械と化す。

 あの時より、私の実力は増している。より効率的に、より的確に―――そのために協会に行き、技能を鍛え、この街に舞い戻った。

 己の魔術を鍛え上げる、そのための留学。

 そして、あの時のような時間のミスもない。

「――――――――――素に銀と鉄」

 もう、戻れることは無いだろう。傍観者ではなくなる。

 傍観者は嫌だ、私は答えが知りたい。

 何が、本当で、何が間違いか―――いや、もとより、私は間違えているのだ。

 つまり、私、遠坂凛はこの戦いに身を投じようと思う。

「礎に石と契約の大公」

 たくさんのものを見捨ててきたと思う。救えるものすら捨てた気がした―――大事な物なんてもっと昔に捨てているくせにそんなことを考える。

「祖には我が大師シュバインオーグ」

 私は倫敦に逃げていただけだろう。結果としては、だから―――

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 ―――だから私は私が許せない。

 魔術師としての遠坂凛ばかりが救われていて人間としての遠坂凛はちっとも救われていないじゃないか。

 今度、私が救うのは私自身だ―――。

()じよ(たせ)()じよ(たせ)()じよ(たせ)()じよ(たせ)()じよ(たせ)。」

 こんな聖杯戦争(クダラナイモノ)なくなればいい。

「繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 何もかも、そう、私は私から何もかも奪っていくこの戦争が憎いのかもしれない。

「―――――Anfang(セット)

 故に―――

「――――――告げる」

 ―――私はこの戦いに参加する。私という存在のために。

「――――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 たとえ、これから来る英雄をこまとして使うことすら躊躇わない。

 その英雄を媒介はない、どのような者が来ようとこの私が使う英霊だ。

 さあ、どんな英霊(もの)でもいらしゃい。従えてあげるわ。私がこの手で―――

「誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、

 我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 ―――支配して見せるから。

 きっかけに過ぎない魔方陣は青く輝き、体の変質は一気にクールダウンする。

 吐き気がするほどの虚脱感。眩暈がして景色が白濁する。

 体は疲弊したがそれでも確かな手応えを得た。

 光り輝く魔方陣の中央、そこには黒い影。

その光は一人の青年を具現化させる。

 巻き起こるは膨大なマナの流れ。

 大気のマナは魔方陣の中央に流れていく。

 まさに、幻想そのもの、マナは凝固し影だった青年を現実に形作る。

 その青年の体躯は中肉中背よりやや細く、頼りない者である。

 だが、身に纏う気配は英霊そのものだ。

 彼は黒いコートを和服の上に羽織り、表情は眼にした長い布で見えない。

 

 すっと、目の前に日本刀の抜き身の刃が、私の眉間を貫通せんとする、そんな感覚。

 死を直感する。

 流れる汗は冷たく、空気は流れることはなく、呼吸すら、不自由。

錯覚であるはずの刀の先の相手の目は青く、私の心の奥深くまで捉えて離さない。

 おかしい。見えないはずの布の下の目が青いと直感する私の感覚。

 それは気のせいに過ぎない――――はず。

 なのに、このひどい感覚。

 答えは簡単だ、この英霊はそこまで危険なものだということだ。

 見えるはずのないその目で私は見られている、そう思えた。

「問おう。君が俺のマスターか」

 その声は冷たすぎる印象をもった無表情な顔とは不釣合いな、柔らかな印象を持った少年の声のように聞こえた。

「ええ、そうよ。私があなたのマスター、遠坂凛。以後よろしく」

 私は憮然と答えた。

 無論、虚勢だ。英霊とはいえ、このサーヴァントはどこか異常に思えた。

 このような圧倒的な、「死」を感じるのは初めてで、死の質が違った。

 たとえようがない、あの時のバーサーカーも死を具現化させたような存在だが質がまるで違う。あちらが巨大な暴力によって起こされる死の原因となる存在ならこちらは確実な予定された死という現象の具現。

「ああ、君は優秀な魔術師のようだな。さて、主君に従うことに俺は依存など無い」

 しかし、思った以上に忠実そうだ。

 その声は柔らかく、この場の空気にあまりに不一致で、どこか間抜けていた。

 だが、私は思う。これは演技ではないか、と。

 過去の聖杯戦争でマスターがサーヴァントに殺されることは何度も有った。

 私はこれへの警戒は解くつもりは微塵も無い。

「して、マスターよ、君の望みはなんだ?」

 その英霊は聞いてくる。

「私の望みはこのくだらない戦いを終わらせることよ」

 そう言うと目の前の男は一瞬呆けに取られたが、

「ふっ、まあ、いい。俺の望みはそうたいしたことではないからな。よかろう、俺は君のサーヴァントだ。君が選択した戦闘行動を最優先にし、俺は戦う」

「待って! あんたは何の英霊? それにクラスは?」

「……あきれたものだな、マスター。自分で呼び出しておいてそれは無いだろう。我がクラスは不確定故、各マスターが召還したもの以外何者でもない。君が召還したクラスこそが我がクラス。故に我がクラスは君のみぞ知る」

 私は愕然とした。たしかに英霊の中にはいくつものクラスに該当するものがいることは知識として知っている。

 しかし、このサーヴァントは己のクラスを知らないのだ。つまり、それはとんでもない雑魚か、あるいは―――

「―――最強かもね。私が召還したクラスはセイバーよ、間違いないわ。よろしくセイバー。よかったらあなたの真名も教えてほしいだけど?」

 目の前にいるセイバーは眉を顰めた。

「俺に名前はあるが、しかしあまりにも無名であり有名だ。前者は、それが過去の英霊たちにとっての話であり、後者は現在の魔術師何名かに伝わっている。俺の姿を見られてもまずは分かるまいが、知られれば即負けるだろう。故に言えぬ」

 私は驚いた。これはつまり、過去の英霊ではなく近世の英霊なのだろう。

 しかし、私は眼を封印した騎士の話なぞ聞いたことが無い。というより近世に騎士という概念自体が消えている。近代の世界で騎士の存在は皆無で刀を使うよりむしろ重火器、あるいは化学兵器にたよる戦場なのだ。セイバーと名乗るこいつはわけが分からない。

「まあ、いいわ。そうね、私は現在魔力が減少しているわ、だからあなたはここで体のマナと魔力を調整して。私は私で調整するわ」

「了解した。君が優秀な魔術師で安心したよ」

 私は地下室を出た。

 

 窓を見る。

どうやら酷い雨のようだ。見た瞬間、雨音を知覚してしまい、ノイズのような音が耳を突く。

 窓は曇り、歪んでいる。

 そこに映るのは二十代を迎えた自分、五年という歳月を感じさせる。

 かつて映っていた少女の姿は消え、今は成熟した、ただの女がそこに立っているだけの事だ。別段、おかしくとも何ともない。

 ただ、この部屋にいた私と今ここにいる私が違うだけなのだ。

 私は私なのに。

 午前中にほこりを払ったベッドに体を沈め、手を見る。

 甲には令呪。

 しかし、これは何の形を模しているのだろうか?

 円を描き、その中にいくつかの点がある。

 普通、サーヴァントシステムは令呪の形まで決まっている。

 なのに―――これは見たことも……無い、はずだ。

 少なくとも衛宮士郎のセイバーの令呪とは形が違う。どことなく嫌悪感を覚えた。

 そう思ったとき、私はあのサーヴァントがあまり好きではないことに気づいた。

 以前、召還したアーチャーをどことなくあの英霊は思い出させた。

 言動、態度、それらはまるっきり違うのに、どこか、歪んでいて、多分、その歪みが似ているのだろう。

 私はそう思考して熟睡した。

 

 Interlude / Prologue 1

 

 騎士を思わせるその青年は金属音を響かせ、雨の降る冬木の街を歩いている。

 カシャという足音は雨に混じり、その瞳は絶望を感じさせる物だった。

 カシャッと冷たい金属音が夜に響く。

 全身を雨に濡らし、なお、青年は歩く。

 黒い鎧じみた服を身に纏い、そして歩く。

 その姿は酷く様になっている。現在の街で騎士のごとく歩く彼は本来は違和感を覚えさせるものでありながらこの暗い雨に似合っていた。

 2メートル近い背丈に、しっかりとした骨格、無駄ではなく必要最小限である筋肉。

 それらを囲うのは黒き鎧じみた服。

 向かう先は一つ、暗い地下じみた部屋。

 昏い夜を青年はただ、アスファルトを踏みしめ、歩く。

 そして、青年の前に何か立っていた。

 同じく、雨に濡れた、『何か』。

 黒く、空間すら歪める存在。

「……何者だ、貴様。化物か?」

 感情なき声で青年は問う。

 しかし、相手はそれに答えるだけの知性は持ち合わせているようには見えない。

「―――ぁ、■■■■」

 声とはとても似つかないヘドロから溢れる泡のような音。

 その音に青年は不快感を覚えた。それは、やはり人間ではない、と。

「■■■■、■■■■ぅ……」

 聞き取れない、言葉にすらならない音。

 青年の手にはいつのまにか握られている剣。

 単純に、剣の原型とでも言うべきシンプルな剣。

 装飾もなく、ただ実戦的に造られた西洋刀(サーベル)

 それはあまりにも平凡じみているが、この日本でそのような西洋の剣をもった男が道端にいるわけがない。

 故に、これから起こるであろう戦いは西洋の騎士と化物との戦いに他ならない。

 青年は剣を片手で持ち、牽制するような型でいたが、しかし―――化物はその体がまるで厚みというものが存在しないかの如し動きで世界に広がった。

 化物の中身は闇。

 青年はその闇に喰われた。

 

「―――□□、ォ□」

 

 そう、ただ言う。

 青年は闇の中でただそれだけを発音し、闇は解かれた。

 眼を見開いたとき、闇は消えていた。

 青年は妙な苛立ちを覚え、そして、この街に潜む何者かを睨んだ。

 

 Interlude prologue / 1 out

 

 翌日、私が目を醒ますと昨夜のサーヴァントが地下室にいなかった。

 私が探そうとするなり、そのサーヴァントはソファに座ってお茶をすすっていた。

 こんなところまで似ていることに苛立ちを覚えつつ、私は彼の正面に座る。

「朝から主人の前で茶をすするとはいいご身分ねぇ、セイバー」

 サーヴァントは顔を上げ、私を認めるなり、

「ふむ、すまなかった。マスター、おはよう」

 なんて間の抜けた発言をしやがった。

「悪気があったわけではないが、こちらもいろいろと忙しくてね、申し訳ないが武器になりそうなものいくつか台所から拝借したよ。この茶はそのついでだ。日常生活に困ることはないだろう」

 そういうサーヴァントは懐からとんでもない物を出した。もとい、この家から窃盗していたものだった。

 それは銀光りしていて綺麗な曲線を描き、手にフィットしたデザインをしており、曲線の描く先は妙にギザギザしていて……

「―――馬鹿にしているの、あんた」

 そう、この馬鹿が持っていたのは料理に使う銀のナイフだ。それも調理用ではなく、食すときの道具として使うあれを十本近く。

 セイバーは耳を抑えながら生意気に反抗してきた。

「しかたないだろう、宝具の代わりみたいな物だ、これがないと戦えない」

 私は頭痛がしてきた。

 このサーヴァントはじつは雑魚じゃないかとすら思えてきた。

 これならあの糞生意気なアーチャーの方がよっぽどマシだったわ。

 いくら主に忠実とはいえ、こんなナイフを宝具扱いするとは……

「まあ、いいわ。あんたの能力、私、碌に知らないし…… で特技は?」

 セイバーは暫らく考え込んだ後、

「まあ、有体にいえば敵を倒すことだね。マスター、君が俺に不満を持つ前に言おう。俺は敵を殺すのは絶対だ。それが例えこのナイフであろうと」

 その声はほれぼれとするくらい格好のいい物だったが、手にした武器があまりにも情けないので私はため息をつくほかなかった。

 それにしても殺すことが絶対とは―――つまり、魔術的なものを介してか、あるいは宝具に付随する能力だろうか、とにかく、それは見ればわかることだ。今は保留しておこう。

「まあ、いいわ。とりあえず霊体化して…… この街を案内するわ。情報収集もかねて、ね」

 セイバーは黙って霊体化して私のそばに来た。見えないが存在は感じる。あの時と同じだ。なんとなく懐かしくなって私は自然と五年前みたいな口調で言っていた。

「じゃ、行くわよ」

 

 Interlude / Prologue 2

 

 この日の朝のニュースは実に不快だった。

 何故ならそれは人が何の痕跡も残さずに消えたというものだった。

 それならまだしもこの街は異常すぎると彼女は思った。

 シエルは教会の机に座りながら思った。

 消えた魔術家系、前回優勝者の行方不明、ここ数年続いている謎の血痕のみが残されていく事件にこのような単発的に起こる行方不明。

 そして、今回の歪な聖杯戦争。

 前回、前々回の聖杯戦争は優勝者、あるいはそれにもっとも近い人物が聖杯を破壊するといった事件があったのだ。

 そして、今回、明らかにルールを無視した人間がいる、はずだ。

 七体のサーヴァントは召喚されているが、一つ、クラスが空いているのだ。

 彼女は釈然としない思いで座っていると教会の扉が開いた。

 そこには見知らぬ青年が立っていた。

「聖杯戦争が行われているのは事実か? 教会の者よ」

 黒い服を身に纏った青年は尋ねた。

 その男は酷く疲れているようで―――しかし、意思は強かった。

「はい、残る席はあと一つですが、マスター希望者ですか?」

 ふっと、男は笑った。

「いや、違うね。しかし、尋ねることがある。残った席とはどこのクラスだ」

「アーチャーです。セイバー、ランサー、ライダー、キャスター、バーサーカー、アサシンは召喚済みです」

「じゃあ、俺が残った最後のサーヴァントだ」

 その声は笑っていた。

「よろしくな、監督役。俺がマスターであり、俺がサーヴァントだ」

 その青年は低い声で小さく笑いながら教会を後にした。

 シエルは、その青年が危うい存在に見えた。

 生きているが、死んでいるという形が彼女の知る青年に似ていたからだ。

 

 Interlude out

 

 ゆっくりと歩き回り、前回と前々回の聖杯戦争の名残が残る個所を歩きまわり、私達は新都のもっとも高いビル―――以前、セイバーとライダーが戦ったビルの屋上にいた。

 そのとき、私はいなかった。

 知っているのは彼らから聞いた結果だけだ。

「こんなもんよ。ここなら街が一望できるでしょ」

 嗚呼、と言う声が響いた。

 彼は実体化し、街を見て―――いや視ていた。

 眼には包帯が巻いてあるにもかかわらずやはり見えているらしい。

 私はため息をつくしかなかった。

 なんだってこう、このセイバーはアーチャーと被るのだろう。

 私は彼の横に立って街の下を見た。魔力を眼球に流して視力を向上させる。

 風に靡く包帯にも似た布と和服じみた服。その上に羽織った底が見えない色をした黒いコート。

無表情に、世界を見下ろす彼。

 ふと、思った。あの時は、真下にアイツが見えたんだ、と。

 思わず下を見た。

「―――!」

 男、が立っていた。

 一瞬、あいつかと思ったが、有り得ない。

 それは、忘れもしないあの男。

 あれは、十年前に私が見殺しにしたはずの―――

「………アー…チャー?」

 赤い外套だけはなかったけど、服装は黒い服で、だけどあの髪にあの肌、そしてあの顔―――信じ、られない。

「アーチャー? 他のサーヴァントか!?」

 セイバーはそう叫び、

「待って、仮にサーヴァントだとしても奴には、マスターがいない。いえ、むしろあの男からは魔術師としての気配しか感じないわ」

 そう、あのアーチャーによく似た男からは魔術師としての気配しか感じられない。

 何より、それはどこかで感じたことの或る物だった。

 男は私達を見上げている。

 その眼は、好戦的にも見え、そして、男は何事か呟いた。

「……公園で、待っている」

 そう、口が動いた。

「どうする? マスター。誘いに乗るのか?」

 ええ、と、私は答えた。

 

 十五年前から何一つ変わることのない新都の広大な荒れ果てた公園の中央で男は月を見上げて立っていた。

「……あなた、何者?」

 私はそういった。

「俺は―――」

 その声は、まさしくアーチャーそのものだった。

 あの時のアーチャーと違うのは髪を立てず、赤い外套を着ていないくらいだ。

「俺は、アーチャーだ。マスターなどいない」

 アーチャーに似た男は不敵な笑みを浮かべ―――そう告げるなり、私に襲い掛かった。

 その顔すら私のかつて使役したサーヴァントに似ていて迂闊にもセイバーへの指示が遅れてしまった。

「何故! 何故お前はこの戦争に参加する」

 男は激昂し、私に肉薄する。

 手には刀。

 あのアーチャーが持っていた剣と同じ物。

 原型は中国の夫婦剣、干将莫邪。

 横薙ぎに振るわれた一刀と、縦方向に振り下ろされる残りの一刀。

 その鋭さは、速さは、雷撃が如し。縦横に襲い掛かる牙。故に回避は困難。

 しかし、その両剣は私の家の銀のナイフによって止められた。

 ぶつかった、と認識した瞬間、空気が振動し、金属音が響いた。

「貴様、何者」

「セイバー…… マスターがそういった。俺にはクラスなど、どうでもいいことだがな」

 己を哂うようにいうせいバーの言葉にアーチャーは顔に険を立てた。

「ふざけるな!」

 再びアーチャーは激昂し、手より刀を繰り出す。

 それを、セイバーはナイフ一本で瞬時に己の心臓目掛けて襲い掛かった刀を壊した。

 それも、ただ、壊したのではなく、むしろ―――

「基本骨子を壊すだと―――」

 ―――存在が瞬時に世界に消えた、としか表現できない。

「ならば―――」

 アーチャーは驚くも一度、跳躍し、距離をおいてから次の刀を繰り出した。

 それは私も見たことがない彼の武器。

「我が、骨子は、捻じれ、狂う―――!」(I am the bone of my sword―――!)

 そう言うなり、現れたのは螺旋を描いた剣。

「――――偽・螺旋剣(カラド・ボルグ)

 アーチャーは弓を構え、その剣をあてがい、撃ち放とうとする。

 篭る膨大な魔力、破壊の螺旋が空間を捻じ切り歪ませ、狂わせ、そして、破裂させる―――そんな空気。

 莫大すぎて、何もかも無くなってしまいそうな気配。

 アーチャーの顔は無表情。

 当然だ、彼は私の知っているアーチャーではない。

 あれがアーチャーだとしても以前の聖杯戦争の記憶なぞない、ただの英霊、サーヴァント。

 同じ形をした代用品に過ぎない。

 記録され続ける英雄たちの複製品でしかないはずだ。

 だけど―――私はあの男になら殺されてもいいとどこかで思った。

 

 だが、それは起こらなかった。

 地を走る、幾重もの短刀。

 それらが私達のいる空間で暴れ、浮かび、囲む。

 地を走り、空を走る短剣は幾重もの魔術方式を世界に描き、私達のいる空間すら一個の固有結界じみたものに閉じ込めようとする。

「結界? 他のマスター!?」

 私はそう叫び、その剣が迸った先を見た。

 その先にいたのは―――

「―――貴方がエミヤでしたか」

 公園の街灯の上から聞いたことのある声。

 それは想像を裏切る光景。

カソック姿であのシエルという女は教会の人間であるにも関わらず、魔術を行使した。

本来、協会は軌跡と呼べる業を使うはずなのにこの女は魔術を行使した。

 言峰も使っていたがレベルが違っていた。あの女は相当な上位の、今よりずっと前に使われていた魔術を行使したのだ。

もはや現在の魔術の流れより幾つも前の、現在より、よりあちら側へ近い形の魔術。それも高速詠唱を駆使して。

ほとんどワンアクションだった。私がもし同じ術を行使すればあの倍以上はかかるだろう。何せ―――あれは最適化されているのだから解明と自己最適化を行わなければいけない。それでもあれほど短く出来るかすら怪しい。

「遠坂凛、その男は英霊でもなんでもありません。ただの虐殺者です。そうでしょう? 魔術使いにして大罪者、大罪者にして虐殺者―――エミヤ」

 事実を、教会から来た女―――シエルは告げた。

 手には黒鍵、両手に計6本。

「……」

 アーチャー―――エミヤといわれた男は喋らない。

「エミヤ……まさか、士郎? 嘘……」

 私は思わず呟く。

 目の前の男は寡黙なまま何も喋らない。

 ただ、顔を曇らせ、そして―――

「なんでまた参加してるんだよ、遠坂」

 なんて、俯きながらあいつは言ったんだ。

 信じられない。

 この男、アーチャーに似たこの男は衛宮士郎なのだ。

 どのような理由かはわからないが、衛宮士郎は私がこの戦いに参加することを拒んだから私の英霊を倒そうとしたんだ。

 だけど―――

「士郎、あなた、何故この街を出て行ったの?」

 ―――なんて、分かりきったことしか私は喋れない。

 私は、馬鹿だ。士郎は顔を俯かせ、

「ごめん、遠坂。俺はただ俺の夢を叶えようとしただけだ」

 目をそらし、諦めきった顔を―――あのアーチャーがしていたあの顔をしていた。

 どこか悟りきっていてどこか達観しすぎていて、そして、疲れきったように見える諦め。

「だとすれば相当に歪んだ夢のようですね。虐殺者、エミヤ」

 と、教会の女は告げた。

 ああ、と彼は答えた。

「あなたへの手配書は山ほど流れていますからね、私の手元にもありましたよ。貴方がいくら人を救おうと―――同時に多数の人間を殺していることを知っていますからね」

「―――え?」

 私は驚いた。

「……それがどうしたってんだよ、救われた命の数が多いなら、別にいいじゃないか」

 士郎はそう言ったが、顔は曇っている。

 見ていて、あまりにも痛い顔をしている。

 あれは、どうしようもない、絶望の顔だ。

 救おうとして、救えず、守ろうとしたものに裏切られ、人に、正義に絶望しきった男の顔。

 泣こうとしてもそれすら許されず、歯を食いしばって人のために人を殺し続けた哀れな男。

 衛宮士郎は本当に正義の味方になったのに、それなのに、虐殺者で、何より本人が望んだ形であるのにそれはとんでもなく歪んでいるから、哀れとしか言いようがない。

 だから、私は思う。

 あいつは本当に正義の味方になることを望んでいたのか、ということを―――

 だって、こんなのただの呪いだ。

 もし仮に絶対悪という言葉があれば彼自身に当てはまり、もし仮に正義の味方という言葉があればそれもこの男に当てはまる。相対的なものを求めて中庸に走ってまた悪に落ちる。

 酷く滑稽だ。

 矛盾存在。

 いや、世界自体が矛盾を内包し、全ての物事が矛盾だらけで反語だらけの世界だからこそ、彼は苦しんでいる。

ああ、もっと世界が単純だったらこうはならなかったはずなんだ―――

「衛宮士郎、あなたを捕縛します」

 シエルはそういいきった。

 士郎は手に偽螺旋剣を構えたまま、

「まだだ、俺はここで終わるわけにはいかない―――」

 刹那、空間が爆ぜた。

 地面に彼は螺旋剣を打ち込んだ、というのはその後の認識に過ぎず、今はただの理不尽な爆発だ。

 一瞬にして私達を取り囲んでいた結界は壊れ、彼の姿は消えていた。

 同時にシエルの姿も消えている。

 私はただそこに立ち尽くしていた。

 この日ほど、自分の無力さに苛立ったことはなかった。

 

 

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