Red2
一人の男がいた。
あまりにも孤独で、誰よりも優しすぎた男。
誰よりも人の理想を信じた男。
男は戦乱の時代を生きていた。
男は人を救おうとした。
東に、一揆があればそれを止めに。西に、戦乱があればそれを止める。
そんな努力をし続けてきた。
常に救い、常に助け、常に―――絶望し続けてきた。
その度に、涙し、苦悩し、狂戦士のように暴れた。
男が今いる自分に至るきっかけはそうした絶望の中で生まれた。
人を救いきることは出来ない、という結論。
人を救う道はあるのか。
己に問う。
男は絶望し、己の答えを導き出すため努力し続ける。
男は寺に篭り、真理を探すために瞑想し、悩み、苦行を続け、修行を積み、最高の結界の使い手になり、人を倒し、救うために数多もの技術を得た。
しかし、それでも人を救いきることは出来ず、人の醜さが目に映るばかり。
穢れきった、人の世。
穢れきった、人間。
穢れきった、世界。
穢れきった、自分の手。
穢れきった、己の心。
そんな中、男は至極、単純な答えを見出した。
「答えは明瞭だ。要は今の人が消えればいいのだ」
男は思った。
「否、或いは全ての可能性、神を目指せばいいだけだ」
そして男は真理の到達、全てへの到達―――「 」を目指すために起源を探し続け、死を集め続けた。
人の苦しみ、四苦八苦全てを網の様に紡ぎ編め、その中央に「両儀式」を置く。そして『彼女』と出会い、至る。
しかし男の「正義」は数々の障害―――霊長の抑止力によって阻まれ、「 」に至る事も出来ず、触れる事も出来ず、ただ見ることのみしか許されず、男の行為に意味は無く、そしてその肉体は朽ち、残ったのは世界に拡散した魂のみ。
男の肉体が朽ちたのは1998年11月。
螺旋建築を自ら砕き、天より舞い降りし「両儀式」の式に肉体は砕かれた。
荒廃した螺旋建築の名残を臨むことが出来る場所で―――私は、敗北したのだ―――と、男は思考した。
月下でただ石造のように立ちすくむ。
その脇に隣り合う女性の影。彼女の顔は見えない。ただ、煙草の香りだけが漂う。
「アラヤ、何を求める」
決まりきっている。昔から答えは出ている。
「アラヤ、何処に求める」
何度も答え続けてきた答えを男は言った。
「アラヤ、何処を目指す」
そして、男は目覚めた。
予想よりも早く、再生途中の器を抜け出した霊魂は仮初の―――しかし己が数年前まで使用し続けていた体より高いポテンシャルを秘めた肉体の内で男は目覚めた。
魔力量が以前より多い。基本は変わらないがしかし自身を構築する何かが根底から違っていた。
静かなる空気。
石畳が眼前に広がり、木造の耽美な建造物が眼に入る。このような立派な寺はそうはないだろう。
静謐な寺院で―――腐臭、がした。目の前にあるのは、老人と寺のみ。
「久しいな、実に100年ぶりか?」
老人は男を見て言った。
「まだ生きていたか、蟲が」
男は老人を見下ろし、言った。実に不愉快そうに。
「はっ、何を言おうか。貴様のように停滞するしか能の無い不死なぞワシは認めぬ」
心底男を馬鹿にしたように老人は笑う。
「この体の周囲にある粉は―――なるほど、仏舎利か」
「そうだ。それを媒介に貴様を呼び起こした。魂の位置まで測定したのだから容易だったぞ。故に貴様はわしの使い魔じゃ。これが最初の令呪の使用じゃ。わしに絶対の忠―――」
―――斬。
男は老人の声を聞き遂げる前にその手に浮かんでいた魔術刻印―――令呪を手刀で切り払った。
宙に飛び去る前にその切り払った手を攫む。
「一見すれば即、判る。無駄口を叩く暇があればその命令権を私が目覚める前に使用すべきだったな、マキリの老人よ」
男は言った。
「もっともそのようなことすら考えられないほどに魂が腐ったか……」
手の内では蟲で出来た骨と皮を模した手の形をしたモノは瞬時に緑の霧を拭き出した。蟲が、蒸発したのだ。
後には令呪だけが微かな表皮と共に宙に残った。
「くっ、甘く見ておったわ。アラヤよ、貴様そのままでは現界する時間が―――」
そこでマキリの老人は気づいた。
「愚か者が。この器に入った時点で知識はある。つまりこれが聖杯戦争。そして私のクラスは魔力を他から吸い上げればマスターが不必要なクラス―――」
男は苦笑いをし、
「―――魔術師だ」
男―――荒耶宗蓮は断言した。
老人は体を無数の蟲に変え、逃げ去った。荒耶は聖杯の性質を知っていた。
しかし、それこそ抑止力が動くと知っていたため、いままで参加することは無かった。
聖杯に坑を穿つ儀式。
聖杯は荒耶の望んだ最高の形であり―――最低の形であった。
聖杯に触れるためには、全てのサーヴァントとマスター、溢れ出すアヴェンジャー、そして抑止力に勝たなければならない。加えて自分が抑止力に利用されている。
あまりにも強い敵。サーヴァントの殆どは抑止力。そして最後に自分を惨殺しに来るはずの「抑止力」。
勝利こそ最終条件であり絶対条件。
だが、荒耶は何の躊躇も無く断言する。
「――――――――――――勝とう」
荒耶は静かに低く言った。
その声は重く、響き、どこか空虚だった。
聖杯戦争一週間前の出来事であった。
そして、現在荒耶は数年ぶりに浅上藤乃に出会った。
(なんたる偶然。事情は知らぬが使えそうだ)
荒耶は哂い、藤乃を寺院に担ぎ込む。
だが、彼はかつてそのような偶然こそ己を滅ぼしたと言う事実には気づかない。
なぜなら彼の興味はこの少女ではなく、この寺に向いていた。
この寺に何か―――この聖杯戦争を決するものがあることを荒耶は直感で理解した。
しかし、その正体は知れず、他の魔術師が入れぬよう『魔術刻印』に反応する結界を敷いた。
二重の結界になっており、一つは山門ではなくこの山全体に強いてある「異常とは感じさせない」結界である。
元来、そうそう普通の人間が寺に来ることは無い。
そういったもの全てを感知する結界。
そして石段を上がった先の柳桐寺正門を中心として張った対魔術師結界。
見事、その二つに掛かった魔術師がいた。
キャスターの目の前では魔術師同士がサーヴァントを出し合い戦っている。
黒い外套を羽織った青年と蒼い服を纏った青年。
それはまさに死闘という言葉に相応しく、
「―――――――七つ夜」
黒い男―――セイバーが真名を告げる。
刹那、空気は凍りつき、世界にある「その言葉における発生するであろう事象の可能性」が黒い影の持つナイフに集束される。
ナイフは、気づけば血に滴り、赤鋼の光沢を放つ。
魔術師たちが創造しうるナイフが持っているとされる概念武装。
だが、ナイフにそのような力はなく、ただの頑丈な骨刀にすぎない。
ただ、人々―――一部の魔術師やその関係者たちがナイフにおける「殺す」という可能性、このナイフが持つべき究極の概念武装の可能性―――彼らが想像したものが具現化する。
すなわち、「実際には原因は別にあるにも拘らずそのナイフは『吸血種を殺す』力が存在するもの」「人ならざるものを殺すもの」として魔術師たちに認識され、その想像上の力が具現化される。
まさしくそれは人々―――しいては吸血鬼達も見た悪夢の具現化であった。
真祖を殺したナイフの具現化である。すなわち、それに類する精霊の類も殺せる。
だから、このナイフは本来有り得ない性能を得た。
それは対サーヴァント用として究極の兵器と化していた。
「やっと戦う気になってくれたのか? セイバーよ!」
ランサーは咆え、駆け出す。
セイバーはナイフをすっと逆手で持ち、余った手で柄を押さえ、ナイフと対照的な色合いをした目でランサーを睨む。
ゾクリ、とランサーに汗が噴出す。
―――面白い。
気づけば口が笑う形に歪んでいた。
―――そうだ、どれだけ体がヘラクレスにやられていようと、魔力が削がれていようと、力が出し切れなかろうと、それに不平不満はない。なぜなら俺はこのような勝負を望んだのだ。
ランサーは槍を構え、最後の一発分の魔力を込める。
これ以上この槍を使用すればマスターに負荷がかかるだろう。
それを考え、これを最後の―――しいてはセイバーのみを殺すためにただの一撃を完全の必殺の形に仕上げるために。
のこる心臓は五つ。五分の一という確立。それでも己の槍と愛した女から学んだ技術を信じ、構える。
一瞬、歯を鳴らし、覇気と共に声を上げる。
「行くぞ!」
ランサーのイヤリングが金属音を奏でた瞬間、
ランサーもセイバーも動きを止めた。
彼らの決闘は無粋な第三者によって阻止される。
ランサーの殺意の矛先は竹林の向う、勇気のようにたたずむ男に向けられる。
セイバーもそれをにらむ。
彼らを見下ろし、キャスターは呟く。
「ふん、低俗な」
荒耶は心底侮蔑した。
彼の脳裏には自分が認めた唯一の女性―――アオザキとの戦闘がよみがえる。
やはり、魔術師はああでなければならないはずだ、と荒耶は思った。
それと比べれば―――
「我に比べればまだ児戯なり」
否、「我ら」なり。
心底、そう思い、嘲笑し、凛の作り出した結界に手を触れた。
「―――堕獄(迷境)」
荒耶独自の魔術言語を発した。
◇
「何者!」
私は叫んだ。
竹林の奥、男は背に夕日を浴びて繰り影としてたっていた。
それは、仏教の荒神を髣髴させる姿だった。赤い光に揺らめく黒い外套。男は幻のようにそこに立っていた。
「魔術師だ。それ以外の何者でもない」
キャスターと名乗ったその男は先ほど寺に一成といたやつだ。
「柳桐寺の結界はあんたね」
ランサーのマスターが言った。私達は互いに目を合わせ、一時休戦の合図を送る。どうやらランサーのマスターにも伝わったらしく、背後でセイバーとランサーの戦いがとまったのも空気で分った。いや、正しくはキャスターにやめさせられたのかもしれない。
ちっとランサーが舌打ちをする。
「一時休戦、だな」
「ああ、ランサー」
後ろでそんなやり取りが聞こえた。
「貴様ら、目障りだ。この場から消えれば命は救ってやろう。ただし―――」
「サーヴァントを見殺しにしろ、でしょ? キャスターさん」
男が顔を私に向けた。
光の無い、しかし、何者にも負けぬ意思を感じる瞳孔。
私は、まるで、この世すべての無念―――怨念をぶつけられた様な錯覚を覚え、じっとりと、肌から脂汗が出るのを感じた。
本質的にこいつは格が違うと思う。
魔力や強さじゃない。
意志の強さだ。途方もないまでに頑なに己を信じ、苦しんでいる。
これは、そう、まるで―――アイツみたいで、本当にいやだった。
「生憎、わたしセイバーを捨てる気は無いわ。あんたをぶっ殺してこれから現れる被害者を救うわ」
私は精一杯虚勢を張る。
敵は強いと、私の体が警告する。
鼓動は速く、汗は噴出し、全身に走る不快感と例えようもない吐き気。
だけど、負けない。負ければ全員が死ぬ。
「くだらぬ。貴様それでも魔術師か。他人など知ったことではないはずであろう?」
キャスターは顔の表情を一切変えることなくその手を私の正面に突き出す。
距離は20メートル強。この距離で届く魔術なら回避は出来る。
たとえ、Aクラスの魔術であり、高速詠唱だろうともシングルアクション以下にはなりえない。加えて射程や距離を考えればまず当たらないはずだ。
だけど、敵はそんな私の考え、つまり私の中にある魔術常識すら無視した。
否、キャスターと言うクラスを私は完全になめきっていた。
「――――粛」
短い、呟き。
「え?」
急に景色が飛んだ。キャスターが右から左にすごいスピードで流れていく。
……いいえ、違う。
私は誰かに突き飛ばされたのだ。
振り返る。セイバーだ。顔の包帯が外れている。
その、予想以上に優しげな眼を持った英霊は蒼い眼をしていた。
セイバーの持つナイフは鮮やかな銀の弧を描き、虚空を切り裂いた。
同時に、衝撃が世界に奔った。
「遠坂!」
士郎の声が聞こえた気がした。
私は倒れている。いや、私の体を士郎が支えている。
「大丈夫よ、士郎」
顔を上げる。私がいた目の前の空間が押しつぶされている。
その空間だけ、異界になっている。
それは綺麗な球状の形をしていた。
ノイズが空間に走り、そこを中心に竹林や地面は抉れて崩壊している。
どんな魔術か、私は聞いたことも無かった。
「空間操作」という単語が頭に浮かぶ。それは魔法の域だ。
しかし、魔法使いが英雄になったというのは聞いたことが無い。
そして、今、気づいた。
セイバーが居ない。
左右を、前後を見渡す。あの男がいた形跡が途絶している。
まさか、潰された? いや、令呪はある。大丈夫だ。
「ほう、面白い。どのような英霊かは知らぬが私の魔術を視認できるとはな……」
心底面白いのだろうか、仏頂面だったキャスターはにやりと笑った。
セイバーは空に居た。
「魔術師にしちゃ、どうも反則に見えるぞ。キャスターよ」
セイバーは竹に掴まりながら言った。
「何を言うか、貴様はクラスすらないだろう」
クラスが、ない?
どういうことだろう。私が召還したのはセイバーじゃなかったのだろうか?
「ああ、俺は俺のクラスを知らないからな。だいたい、そんなものに当て嵌められた覚えもない」
「ふむ、面白い。貴様は……加えてその浄眼か。その目なら見えざるモノを視認することは可能か」
「まあね」
セイバーはそういうなり、
「で、マスターどうするんだ?」
にやりと、セイバー……男は言った。
「撤退よ。そこにいるランサーのマスター、一緒に逃げるわよ!」
ええ、と鮮花は頷くも、
「粛」
冷たく、響く声。
刹那、空間は収縮し、ランサーのマスターの体を襲った。
回避不能、魔法に限りなく近い空間操作。
ごきり。と、耳を打つ不快な音が私の耳に響いた。
振り返るとそこにはランサーのマスターを突き飛ばし、右腕が潰れたランサーがいた。
「いい女は守るってのが俺の主義でね」
苦笑いをしながらランサーは言った。
「逃がすと思うか?」
キャスターは実に愉快な顔をしてランサーを見る。
「セイバー!」
私は思わず叫んでいた。
「ああ、あいつを足止めすればいいんだろう?」
私はその言葉があのときのアーチャーのようで、
「いいえ、足止めはなし。一緒に走るわよ」
とても、不快だった。
「―――マスター、君は選択肢を誤った」
セイバーの言うとおりだと思う。くそ、心の贅肉ってやつだ。
「だから、今は、こうする!」
眼をかっと開き、手にしたナイフを地面に思いっきりセイバーは突き立てようとする。
セイバーの青い眼を中心にマナが集まり、それはまさしく奇跡を行おうとしている。同時に私の体から膨大な魔力がセイバーに向かって流れていく。
「くっ!」
呼吸が、困難になる。なんて膨大な魔力。
全身がセイバーに引っ張られていくような感覚が走る。しかし、膨大とはいえ、これは多分セイバーにとってはそうたいした量じゃないのかもしれない。
膨大なマナがセイバーを中心にある点に集中する。
「直死の―――」
真名を、告げる。
「―――魔眼!」
セイバーのナイフが地面に刺さった瞬間、空間が粉砕した。
それを行った直後、セイバーの姿は掻き消えた。同時にランサー、キャスターの姿も一瞬、霞んだ。
何てことだろう。魔術的要素がこの空間からはじけとんだのだ。
どのような宝具だろうか? 魔術要素を瞬時に壊す力とは。
だが、それは時間の無駄だ。
私は即座にランサーのマスターと走り出していた。無論、互いに付与魔術で身体強化してはいる。
(マスター……)
セイバーの声が聞こえた。
(いまだ、早く行くんだ。この力を使用した今は霊体になるしかない)
「何故、セイバー?」
私はそういいながらランサーのマスターと走っている。
ランサーも霊体化したらしく、その姿は見えない。
(この力は霊体事態に負荷をかけるんだ。ただ使うならともかく、限界値ぎりぎりまで使ったからね。悪いけどしばら……く、眠………るよ……)
セイバーの言葉どおりだった。彼は酷く消耗しているらしい。
私の体から流れていく魔力量は半端じゃない。眩暈がする。
それでも、今はここから逃げなければいけない。
土煙の中、ゆらりと現れる影。
「投影、開始!」
士郎は詠唱し、
「―――偽・螺旋剣」
―――螺旋剣を弓に宛がい、幻想破壊としてキャスターに放つ。
背後では大爆発が起こる。
それは走っている私たちのすぐそばまで炎が走るほどの威力。
背中が熱で押され、士郎の体がふらついた。
一体、士郎は何をしたのか、私は理解できない。
だが、それはまったく効果が無かったらしい。
投げると同時に士郎は走り出す。
しかし、どうやらキャスターは追ってこないようだ。
……妙ね、一体何をしたの? セイバー。
しかし、セイバーは答えない。
「直死の、魔眼ですって? それって現代の伝説じゃない」
私はそう呟くしかなかった。
Interlude
キャスターは柳桐寺を出て行く彼らを見下ろしている。
酷い空虚感にも似た感覚が彼を襲った。
いや、虚脱感にも似ている。
体が妙に軽い。
理由は分かっている。結界が消し飛んだからだ。おそらくはそれこそがあのセイバーと名乗った該当クラスなしの宝具だろう。
直死、という単語が荒耶の中で反芻され、それは心を捉えて離さなかった。
思えば、あの眼は非常識を殺す眼だった。
しかし、あれとまったく同じものには見えなかった。
どこか歪で作り物めいた力だった。
それに、ゆがんだ起源を持った人間たちばかりだった。
手を、開き、閉じる。
―――ふむ、亜種とはいえ、宝具を受け止めるとは我が肉体も頑丈なものだな。
と、静かに思考し、
「面白い。まさかあれと再び会うことになろうとはな……」
キャスターは言う。
「ならば、もう一度あの抑止力の塊に挑戦するとするか。あの目の持ち主こそ我が敵なり」
キャスターは黒い外套を翻し、柳桐寺に足を運んだ。
彼は己の口が哂っていることに気づかぬまま。
Interlude Out
とりあえず、今は圧倒的に強すぎるキャスターとヘラクレスのセイバー、そして黒い影に対する対策を立てるしかない。
他のサーヴァントが如何なるものか知れないがこれほどの脅威は恐らく無い。やつらを排除するために他のマスターと協力することも視野に入れればいいだろう。
私とランサーのマスターであるルーンの魔術師、黒桐鮮花は対キャスター、黒い影については同じ目的で動いているし、お互いのサーヴァントが傷ついているため一時的に協定を結ぶことにした。
ランサーもセイバーも共に霊体化し、私の家の地下で休んでいる。私は士郎と黒桐鮮花と共にリビングで紅茶を飲んでいる。
無論、いまはお茶会なんてものじゃなく、作戦会議であり、お互いの知っている情報を洗いざらい(とは言っても英霊の真名や、お互いのある程度の素性は教えない程度で、だが)話し合った。
「―――で、あなたが切り札として連れてきた彼女はキャスターの所にいるってわけか……」
私は驚きを隠せなかった。
魔眼を持つ人間、或いは人を超えし得意な魔術回路を、それも単一のものに関しての力を持つ超能力者がいるのを見たのは初めてだった。
話にしか聞いていないから信じがたかったが自分も非常識の人間だったので納得する。
もっとも、具体的な力は教えては貰えなかった。
私は士郎がただの魔術師で私の弟子だということだけを教えた。
共同戦線、なんていうけど士郎の時とはぜんぜん違う。
人間が違うから当たり前と言えば当たり前かもしれないがそのことに関して士郎は何一つ文句を言わずに寡黙に徹していた。
その姿はやはりかつてのアーチャーを思い出させた。
「で、だ。黒桐さん、俺はあんたに協力してもいいが条件がある」
いきなりこいつは何を言い出すのか、と思ったが、
「俺のことはどれだけ裏切ろうと構わないが遠坂を裏切ったりしたら俺はあんたを一生許さない。その事を守れば俺はあんたのことも手伝うさ」
なんて、言いやがった。ああ、くそ。こいつはなんでいつも恥ずかしい台詞をポンポンとはけるのか!
「ええ、もちろんよ。私がこの聖杯戦争に来た理由は師から命じられた修行なの。修行目的で来たのはいいかもしれないけど状況が状況だからあなた達と協力したほうが賢い選択だと思ったの。だから裏切らない」
私はそれでも彼女に聴きたいことがあった。
「ところで、あなたルーンを使っていたようだけど国内で使う人間なんて私、ひとりしか知らないわよ? まあ、封印指定らしいけどね」
それを言った瞬間、鮮花はぶっと、紅茶を噴出しかけた。
「ま、いっか。あなた口軽そうには見えないから言うわ」
鮮花はがっくりうなだれて言った。
「私、青崎橙子の弟子なの」
鮮花が言った瞬間、予想が的中したのに驚いた。
アオザキ―――それは日本屈指の霊地の持ち主であり、遠坂より上のランクに位置される魔術家系。
なかでも何代か前の当主が「道」を開いたらしく、以後、青崎の家からは『魔法使い』が発生しやすいと聞く。
特に今の代である姉妹は物凄い。この二人を知らなければもぐりといっても良いくらいだ。
妹は第四魔法・青を継承し、行方不明。
姉は世界屈指のルーンマスターであり、人形使いでもある。
封印指定を受けたオレンジ。
そんな化け物姉妹の弟子がここにいる。
「やっぱまずいかな? あなた境界に立場が近いから話すのも悩んだけど戦えば一発でばれるし、なら言ったほうが楽だから言ったのよ」
と、鮮花は愚痴った。
「ま、安心しなさい。私もさすがに封印指定に手を出す気なんてさらさら無いわ」
だって命が惜しいからね、と口にはださないっと。
まあ、今は回復に努めるしかないってことか。
私達はそのまま作戦会議を終えた後、客室に鮮花を案内した。
当分は共同戦線を張るのだ。これがベストだろう。無論、裏切られる可能性も考慮しておく。他の魔術師なら首に輪でも掛けるでしょうけど私の趣味じゃない。だから放し飼いだ。
夜も更けた。私はベッドで休む。
―――直死の魔眼。
現代における究極の神秘のひとつ。
確かに、セイバーはあの時そういったはずだ。
その眼についてはさまざまな憶測が飛び交い、存在すら怪しまれている。
曰く、見るだけで人を殺し、
曰く、真祖を始めとした、二十七祖を幾体か殺し、
曰く、世界を殺した。
どれも信憑性がなく、いまいち信じがたい話ばかりあったが少なくともこの国で三体もの死徒が『殺されて』いる。
この協会も教会も手を伸ばしにくい極東の地でその様なことが起こったのはにわか信じ難い。
死徒のナンバーは現在ロストナンバーが発生している。
それが事実。
しかし、セイバーはどうなのだろう?
とてもじゃないが死徒を殺したようには見えない。加えて、直死すら怪しい。
あのセイバーは、やはり何かがおかしい。私は言い知れぬ不安を抱いた。
Interlude
「―――がっ!」
扉を閉じた瞬間、衛宮士郎は血反吐の塊を吐き出すように呼吸する。
一瞬、喉の奥はとうに焼け爛れて使い物にならないのではないかと感じた。
この感覚は、何かに似ている。
なんだったのか、思い出そうとしても脳は使い物にならないくらい痛む。
ふと、赤い世界が頭に浮かんだ。
―――ああ、なんだ。あの地獄と一緒か。
でも、いまこの場にそれは無い。
ただあるのは猛烈な頭痛と―――全身に走る痛み。
汗が噴出す。まともな思考が壊れていく。宝具の投影は負担がでかい。
凛の家で宛がわれた部屋で衛宮士郎は倒れこんでいた。
歯を、食いしばる。震える手を握り、血が滲んでもそれに気づかないくらいに全身が痛む。
凛からもらった宝石を一つ、飲み込む。
とたん、大きく心臓が暴れる。暴れつづける心臓が全身に清涼な魔力を送りだし、体が落ち着く。クリアになった思考で、途切れ途切れの記憶が妙にいらだたしく思えた。
振り上げた手で―――床を叩く。
「畜生!」
床を叩く。
「………!」
どれだけ痛みを―――全身に走る激痛、不快感、脳を割るような感覚、確実に磨耗していく己の体に消えていく記憶。
彼の脳裏に思い出せる衛宮士郎としての記憶が擦れて行く。
思えば、本当の親はどんな顔であったか、
思えば、あの火災はいつあったことなのか、
思えば、自分を朝起こしに着てくれた少女の名前はなんだったのか、
思えば、あの時の友人たちはどんな顔をしてどんな名前だったのか、
思えば、自分がいた世界はどんな世界だったのか、
何故、自分はこんなに苦しいのか!
―――それでも、忘れたくないものがある。
亡くしたくないものがある。
それが消えれば自分も消えてしまうという確固とした己の起源だけは忘れてはいけない。
それは正義の味方であり、それは衛宮切嗣であり、それは騎士王の少女であった。
人を助けると考えればどのような虐殺も行ってきた。
一人を殺せば沢山の人たちが助かると信じた。
だけど、いつかその人たちをも殺すことになっていた。
父を思い出せば自分が正しいと信じてこれた。
きっと、あの出会いだけは間違いではなく、正義の味方になるための道だった。
あの思いも何一つとて間違ってはいない。どれだけ歪もうとも。
彼女を思い出せば心は振るえ、その剣を常に振るうことが出来た。
金砂のような髪はとても細く、蒼い瞳は空を見ていた。
王としての責務を果たしていた彼女の道も―――その心は自分と同じ、間違いはないはずだ。
せめてこの戦いが終わるまでは剣を振るい続ける。
それならどれだけ投影し、この体が磨耗し、心が砕け散ろうとも、それがエミヤシロウにおける正義と言う存在理由なのだから―――
ならば、剣の丘で死ぬのも本望。
体が剣になろうと、衛宮士郎が消えてしまおうと、人が救えればそれだけで満足なのだから……
Iterlude out
Interlude 2
「おい、お前、結局誰なんだ?」
地下室でランサーはセイバーに問いた。
「いや、さすがに真名明かすのはどうかと思うぞ、ランサー」
ランサーは自分から名乗ったからセイバーは分かったが、セイバー自身、古代神話や歴史にそう詳しいわけではなく、クーフー・リンと言われてもいまいちピンとこなかった。
「つーかよ、お前、セイバーじゃないならなんなんだよ?」
そう聞くと、セイバーは黙り込む。どうやら考え込んでいるらしいが、
「いや、俺ってやっぱどのクラスにも該当しないよ。確かに世界と契約はしたが聖杯に望みは無いし、俺の能力とか考えてもどのクラスでもないんだよ。アサシンとは違うからね」
セイバーは自分のナイフを見ながら言った。
「そうかい。だがな、セイバー。俺はお前がセイバーかどうか、なんてのはどうでもいい。ただ戦えればそれでいいだよ。マスターには従ったがお前と協力関係になったなんて一言も言ってないからな」
にやりと不敵に笑ってランサーは言った。
「ああ、そうだな、ランサー」
セイバーは対照的に悪友に対して話しかけるような気楽さで言った。
「ぬっ、正直、男にそんな風に言われてもぜんぜん嬉しくないぞセイバー」
そんなランサーを見てセイバーも、
「ああ、そうだろうな。ランサー、君は俺の友人にどこか似ているよ」
互いに苦笑いをし、
「違いねえ、俺もそう思っていたところだ」
とランサーは言った。
「ところでよ、セイバー」
「何だ?」
ランサーは一泊空け、
「あのエミヤって男の事どう思う?」
ランサーはその張り付いた笑みを瞬時に消し、つぶやく。
「正直、俺はマスター―――鮮花に反対はしないがあの男はだめだ。危険すぎる」
セイバーはランサーを見据え、
「ああ、そのとおりだ。こちらのマスターの弟子らしいがあの男、何をするか分からない」
―――何より、魔術の使用の度に死線が走っていた。
その言葉をセイバーは告げない。
「ところで、ランサー。少し考えたんだが、俺の名前、セイバーだと混乱するだろう?」
ああ、と、ランサー
「だからさ、俺の仮の名称をシキにしようと思う。シキっていうのはこの国特有の使い魔の名称だ。サーヴァントに相応しいと思わないか?」
ランサーはきょとんとした目でセイバーを見、
「ああ、それも一興だ」
と笑った。
Interlude 2 out
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