3 Ciel

 

Interlude

 

 いまよりすこし前。

 

 空を見上げた。

 ―――青空が、獣じみた気味の悪い黒に穢されていた。

 

 彼が消えてから何年が経ったのだろう。

 彼についての噂は尽きることが無かった。

 例えば、あの女の為に死徒で私の知人であるあの男と他の二十七祖を狩っているとか。

 他にも封印指定の魔術師にあった、或いは再び魔法使いにあった、親の敵である行方不明の外れた男を倒したなど。

 噂は私がどこに居ても聞こえてきた。

 埋葬機関にいながらその話だけは集め続けて今日まで来た。まるで思春期の少女が偶像の写真を切り貼りするように収集し続けていた。

 だけど、私が最後に彼を見たのはこの手の内にある一振りのナイフだけだった。

 墓標のように、ある死徒の胸に突き刺さっていた。

 突き刺した人間を教会は血なまこになって探していたが私とメレムだけは知っている。それが誰であるかを知っているのだ。

「で、シエル。僕は彼が死んだとしか思えないのだけど」

ええ、そうでしょうね、と口からは自然にそんな言葉が出てきた。

無理も無い。寧ろそれしか言えないのだ。

目の前には彼のものであろう大量の血液がばら撒かれているのだ。

一個人がよくもこれだけ血を持っているものだ、と、ひたすら関心するほどに。

 だけど、その血は間違いなく彼のもの。

 何度も嗅いだ、彼の優しい肌と同じ匂いがしたから。

 泣き出しそうになるのをこらえる。

 やさしすぎる思い出が今の冷たい私を包み込むから、痛かった。すぐにでも叫んで目の前のナイフに縋り付き、この周囲を意味もなく手がかりもなく彼を追い求めて走り出したい衝動もかさかさと乾燥している。だって走り出しても間に合わない。追いつけない。

 私は感情すら凍りついたのかもしれなかった。

 無造作に、死徒からナイフを引き抜く。

 バサリと、元から砂で出来た像のように死徒の形をしたものは崩れ去る。

 それでも――――それでも私はこのナイフを抱きこむように両手で握り締める。

 もう、ぜんぜん彼のぬくもりも残っていなくてただのナイフのはずなのに、その懐かしい感触が私の何かを氷解させた。

 暖かすぎて、残酷で、胸を締め付ける。こんなにもつらくて、悲しいことはないはずなのに、私は嬉しい。

 彼の名残が、この手の中で確かにあって、彼と過ごした日々が幻でもなんでもなく、私の中を大きく占める人間としての生きた価値があったと思えるほどに、温かい。

 人が死んだのに、私は嬉しい。彼が好きだった。だから私はいま、この優しい気持ちが持てる。

 私を察してか、メレムが人払いをする。

 ナイフを抜いた影響で固有結界が死徒の体と同じように崩れていく。

 そして、眼がくらむほどの、青天。死者が飛び立つにはあまりにも不釣合いな生に満ちた空。

 ああ、私は結局彼を手放して、諦めて大人な振りをして、今は嬉しく後悔している。

 だけど、私は願わずにはいられない。

 私を見ることはなくなっても誰かと―――それがたとえあの吸血姫であろうと彼が幸せに誰かの横に居るのならそれだけで、満足だ。

 私の生に意味が見出せる、と思った。

 この高い青空の向こうに、彼が生きていることを望まずにはいられない。

 あれほど数奇な運命を辿ったのは私以外で彼しか知らない。

 だからこそ、願おう。

 彼と、彼の思う者すべてに幸せがあらんことを―――

 信じたこともない神に初めて祈ったのはそれが最初で最後だった。

 

 それからしばらくして、私は彼が消えてから初めて日本に来た。それまでなぜきていなかったのか不思議といえば不思議だ。

 もっとも私が私用で動くことを許可するような組織ではない。今回は私事ではなく仕事だ。

 曰く、726聖杯を巡る特異なシステムを使った聖杯戦争の監視だそうだ。

 聖杯、という単語にどくん、と心臓が高鳴った。

 もし、願いが叶う聖杯なら彼を―――蘇らせてなんになるというのだ。

 死者は蘇らない。求めるものは手に入らない。そんなこと、アレが私の中に居たときから知っているのに。

 それでも、また、求めたい。もう一度触れたい。あって、言葉を交わしたい。

 そして、知りたい。遠野志貴は何処へ行き、どこへ向かって行ったのか、を。

 私は教会の小さな一室に立つ。

 召還の儀式の痕がある。

 資料によれば、かの大英雄ギルガメッシュを言峰神父が召還した部屋だ。それは違反の代物で、教会の恥部だ。

 ため息をつく。

 これからの自分に対してのものなのか、それとも別の何かに対してなのか。

 そんな不安定な気持ちで召還し始める。

 私はたぶん、とんでもないことをやろうとしている。この戦争に参加しようとしている人間の中でもっとも決意が無く、ないがしろに自分の気持ちも分からないままこんなことをする。

 あまっているのだから頂戴しても誰も文句はないだろう、なんて自分勝手に決めこんで、それでもこのわがままっぷりは無知な少女のようにばかげていることも分かっている。

 でも、無価値じゃないわがままだから。私にとって価値があるかもしれないわがまま。

 出来ることなら、やり遂げたいと思う。

 さあ、魔力は流し終えた。眼を見開く。冷たい夜気が焦げる様な熱い黄金の風を思わせる大気で消し飛ぶ。

 黄金の中心には人影。溢れる大気すら霞む光に包まれた人型。

 そのサーヴァントは大胆不敵な笑みを浮かべていった。

「お前が我のマスターか?」

 私の傲慢さをその男は嗤っているように見えた。

 

 Interlude out

 

 Interlude 2

 

 午前四時―――静かであるはずの早朝には似つかわしくない音が響く。

荒髪を乱しながら斧剣を力任せのように振り回す古代の戦士。

 誰が始めると言ったわけでもなく、この戦いは出会った瞬間に始まっていた。

 対する相手は闇に浮かんだ白髑髏。その姿は不吉そのもの。

 一見乱暴に舞わしているだけにみえるセイバー―――ヘラクレスの斧剣は実際のところ真逆の性質であった。影を捉え、対象を打ち砕く破壊力は十分に秘めている。一撃一撃が必殺の領域。

 対する相手は木の葉に似ていた。

 ヘラクレスが斧剣を振り回すたびに白い面が舞うのだ。

 それはヘラクレスの剣が加速すればするほどアサシン――ハサンの体が浮く。

「――――――――――――――我が宝具は■■■■■■■■■」

 ハサンが何かを言った瞬間、浮いたハサンの体は浮く、を超えて飛ぶに近いものになってくる。

 その異常の答えはシンプルだった。ヘラクレスが暴風を撒き散らすなら、アサシンは風除けの加護を使う。アサシンにとって誤算だったのは見つからずに殺すという自分のスタイルが崩れた状態では逃亡を前提にして戦わなければいけないことだ。サーヴァントより先にマスターを殺せれば最高なのだが誤算なのはセイバーのマスターが二人いるということ。

 二体のホムンクルス。一体を殺しても、もう一体が本気を出して令呪を使えば自分はあっけなく殺されるだろう。ならば、サーヴァントの無効化か逃亡の二択しかない。加えてホムンクルスの性能自体、侮りがたいものであると主から聞いている。サーヴァントに拮抗する性能を持ったものも存在すると聞く。

 逃亡のために今はあの馬鹿みたいに凶暴な風に身を乗せて真綿のように舞うのが精一杯だ。だが、必ずサーヴァントは隙を見せるはず。それを逃亡に使うか―――或は倒すことに使うか。

 ただ振るう、という動作なら風にも満たないのに、常人を超えたヘラクレスの一撃はまさに暴風だった。より、早く動かせばよりアサシンはよける。

 ヘラクレスの目つきが変わる。

 風の流れる方向に飛ぶのなら、風が発生する前に斧剣を叩き込めばいいことだ。

 ぎしり、とヘラクレスの筋肉が呻る。それは捻れて戻る単純にしても人体の起こす効率的な動き。

 僅か一秒にも満たない動作に向ける予備運動はサーヴァント同士の戦いにおいて致命的な弱点になりうる。だが、このヘラクレスの宝具、十二の試練はCランク以下の攻撃は受け付けない。Bランクでも半減するだろう。たとえBランク以上の攻撃で自分の命一つで一人の敵を殺せるならこれほど効率的なことは無い。

「■■■■■■■■■■――――!」

 狂化したときのような叫び。

 風は激突した後に巻き上がる、それほどの一撃。

 振り下ろそうとしたヘラクレスの一撃は―――それこそアサシンにとって格好の隙であった。

一秒にも満たない時間で風除けの加護の下で展開していたエーテル塊の鏡が現れる。

そこに写るのは剣を振り抜こうとするヘラクレス。

振りぬかれるよりも早く、

「妄想心音」

 アサシンの宝具が振りぬかれる。

 瞬時に右手を拘束していた布が異形のシャイターンの腕を露出させ、鏡の中のヘラクレスの心臓を抜き取り潰した。眼には見えないが、ヘラクレスの心臓もあの強固な筋肉の下で同時につぶれている。

 だが、それでも生きた動きで止まることなくヘラクレスはアサシンを叩き潰そうとする。

 一瞬驚愕するも自らの宝具である右手を守るため、左手を潰す覚悟でヘラクレスの一撃を受け止める。

 肉が潰れる音がすることも無くその腕は半ば千切れ、地面に斧剣と共にめり込んでいる。

 再び、剣を振るうために斧剣を抜こうとするヘラクレスの行動より速く、ぶちり、と手を無理やり引き千切りアサシンは霊体化して立ち去った。

 僅か五分にも満たない戦闘、それでも命を掛ける戦い。

 だが、そんな戦いを馬鹿にするような強者も存在する。

 セラは周囲の空気の変化を確実に読み、リーゼリットは巨大なハルバートを構える。

 ヘラクレスも気づいている。新手のマスターとサーヴァントが近づいていることに。

 それは瞬間的に襲ってきた。

 赤い閃光が夜を切り裂いてヘラクレスの心臓を貫いた。

 紅い槍が体を貫通している。ヘラクレスはそれを引き抜く。

 それはゲイボルグ。これにより、ヘラクレスの命は二つ失われた。

 サーヴァント一体につき一つの命を消費する覚悟があったがこれほどあっさりと奪われるとは思いもしなかった二体のホムンクルスだが、即座に槍の飛んできた方角を見て―――言葉を失った。

 それは雨―――いや、豪雨といっても生ぬるい金属で出来た地獄だった。

 その金属はただの金属ではなく、全てが一撃必殺を誇る宝具であった。

 無数の宝具がヘラクレスに向かってくる。

 斧剣を振りかざし、それらを一つ一つ叩き落していく。

 その雨がただの弓であるなら、生前のように全てを叩き落し、勇猛果敢に敵前へと突き進んで行っただろう。

 だが、弓と同じように飛び交うそれは決して矢ではなく、全てが宝具であった。

 いくら剣を敲き落とそうともその流れから逸れていった二つの剣は右足を貫き、ナイフのような細かい刃は弓矢のように勢いよく確実に彼の体に突き刺さり、斧剣すら砕いて肩を抉り砕き、その追撃の間隔を縫うように迫ってきたヴァジュラは左足を砕いて人の形でとどまることすら許さなかった。ヘラクレスの体が崩れるようによろめいた隙に突如違う方向から襲ってきた熱波にも似た燃え滾る剣が顔を焦がし落とす。それは教会の黒鍵と呼ばれる魔術礼装だった。焼き焦げる視界で眼が塞がっても感覚だけで斧剣を振るい、主を守る。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――!」

 自らを鼓舞するように咆哮する。

だが、聖剣にも似た剣が心臓を再び、貫く。

胸部が爆砕し、伽藍とした空洞を作り出す。

 三度目の死が彼を襲った。ぐらりと、上半身の半分が崩れ落ちていこうとする。それでも殺されることを拒否する神の呪いは彼を無理やり、生に引き戻す。ぶくぶくと泡立つように膨れ上がった血液や筋肉、皮膚が彼を人の形に戻そうとする。

 痛みはある、苦しみもある。壊れた心臓が無理やり動いて酸素の通わない手足は動かすたびに鈍痛が走り、戦おうとする意思を挫く。それでもマスターを守るために立ち上がる。

 三度目の死からの覚醒で再生中のぼやけた視界の中、民家の屋根の上に立つ、サーヴァントとマスターを見る。

 そこにいるのは戦う相手を馬鹿にしたような黄金のフルプレートをきた青年と対象的にシンプルで地味な黒いカソックを身に纏った女性。

 アーチャーとそのマスター。

 ギルガメッシュとシエルがそこにいた。

 一度の集中砲火が停止する。

「マスター、止めを刺すか? あと数度心臓と頭にぶつければやつは動けなくなるが?」

 アーチャーは退屈そうな声で問いかける。いや、玩具に厭きた子供に近い表情をしていた。それは失望に近かったのかもしれない。

「いえ、あなたの実力を見ましたが、調査のために今は見回っているのです。聖杯戦争の勝利とアレの削除を行わなければいけません。かれらを疑似餌として生かせば効率的でしょう」

「ほう、確かに他の連中より出来そうだ。人型が操っているのは気に食わんがこいつらがあの影を倒してくれれば楽なものだな。さらばだ雑種。精々我のために足掻くがいい」

 そういうアーチャーの顔はいま、自分の言ったことがすばらしく勝ちのあることに思えて嬉しそうに嗤っている。それこそ新しい玩具を見つけたように、だ。

そういい残し、跳んで二人は消えた。

 

 Interlude out

 

 私は、また夢を見ている。

 私は遠坂凛のはずなのに、この夢の中では妙に自分が希薄だ。

 その中で私は■■■■という名前だ。変にその名前に実感がある。

 寸断されたフィルムみたいに体験だけが切れ切れに映る。

昨日の暗い森とは打って変わって明るいどこまでも続きそうな陽だまりの森で同年代の少年と少女と遊ぶ夢。

一度、ここで大きなノイズが走って真っ赤になった。

―――目覚めれば落書きだらけの病室。

その落書きがひび割れに見えて怖くて、叫びそうになったところで眼が覚めた。

 

 

 神経質に鳴り続ける柱時計の針にイラつきながら士郎はソファに座りながら本を読んでいる。

 事態は一向に進行しない。キャスターへの対抗策は見つからない。

 未確認のサーヴァントはバーサーカー、アーチャー、ライダー……もっともサーヴァントは七体のはずだからこのうち一体は存在しないはずだ。例外として召還されたのが遠坂のセイバーであるのだから未確認のうち、一騎は存在しない。さらに橋でマスターらしき魔術師の死んだ痕跡があったのだからそのサーヴァントが生きていない限り、あと一体だけ存在していることになる。

 アーチャー、ライダーならまだしもバーサーカーだった場合はランサーたちと共同戦線を張ったことに大きな意味がある。たとえ、無名の英雄であってもバーサーカーの保有スキル狂化は全てのステータスを底上げするものだから油断ならない。

 心を落ち着かせるため、紅茶を炒れる。それを飲もうとした矢先、居間の扉が開く。

「士郎、私、鮮花とちょっと教会までいくわ。留守よろしく」

「―――了解、なんで教会に行くのさ?」

「まあ、あの黒い影と現在の聖杯の状況の確認のためよ」

 それを聞いて士郎の眼がきつくなる。

「気をつけろ、何が起こるかわからない。あそこが安全なんて保障はもうないんだぞ」

 前回の神父を思い出してそんなことをいってしまう。

「………分かってるわよ。だから鮮花も一緒なんじゃない」

 だからこそ、不安が余計にある、なんてとてもいえない。

 身支度を整えて凛は玄関を出る前に一言、

「ああ、セイバーが二体いるなんてややこしいから私のセイバーのこと「シキ」ってよんでちょうだい。本人からの提案だけどなんからしくていいと思った」

 シキ――という名にどこと無く拒否感を覚えたが、

「了解」

 と口でいってしまった。

 

 午前十時 新都、教会

 

 鮮花の印象はルヴィア、というか、自分自身に少し似ていると思った。

昔の自分がそこにいるみたいで、見ていて何故か悲しくなった。

昔の私、遠坂凛みたいに勝つためにここに来ている。ほかに目的も無く、願いもないらしい。そんな鮮花自身、自分の相方である浅上藤乃をどうにかして奪還したいようで焦りが見える。

貴重な戦力だから失いたくない―――とはいっているが実際のところは違うのだろう。

……当たり前だ。士郎やシキが敵に捕らわれたら私だってすぐに駆け出したくなる。

 その点においては魔術師として半人前だ。さっくりと切り分ける思考が必要なのに、私も鮮花もこんなにも人間過ぎて泣きたくなる。

 目の前には教会。

 扉を開ける。そこには眼鏡をかけたシエルが鋭い視線をこちらに向けていた。

「何の御用ですか? もうあきらめるとか?」

 そんな決まり文句を言う。

 シエルの姿を確認した瞬間、レイラインで繋がっているシキが少し反応した。

 この女がマスターの可能性がある、というのは否定できないが敵サーヴァントやマスターを見つけたときとは反応が違う気がする。

「単刀直入に言うわ。あの黒い影が何なのか、あなた分かる?」

 魔術師の顔で凛は言う。

「いいえ、分かりません。わたしよりむしろあなたのほうが分かるのではなくて?」

 この地の管理人はあなたなのだから聖杯には詳しいでしょう? と顔で言っている。

「馬鹿言わないで。小聖杯というより、サーヴァントの現状、分かっているんでしょう? それだけでも教えてくれないかしら。だれが落ちて誰が残っているか」

 シエルはため息をつく。

「ええ、それらをチェックするための擬似的な聖杯はここにありますが、一体イレギュラーが紛れ込んでいます。まあ、聖杯戦争に参加していないあなたには関係ないでしょうけどね」

 知ってか知らずか、シエルはそんなことを言う。

「―――ええ、でもイレギュラーは大きな影響を及ぼす可能性がある。だから四の五の言わず情報を開示しなさい」

「短気ですね、あなたは。まあいいでしょう。召還されたサーヴァントのクラスはセイバー、ランサー、アーチャー、キャスター、アサシン、バーサーカー、該当なしの七つです。そのうち、落ちたのは今のところバーサーカーのみですね」

「マスターの情報は入っている?」

ステンドグラスに日光が差し込み、眼がくらむ。その先にいるシエルの顔が判別できない。

「ええ、確認していますよ。バーサーカーは協会の魔術師、ランサーは不明、キャスターも不明、アサシンはマキリ、セイバーはアインツベルン、アーチャーは不明、該当なしのクラスのマスター、あなた、遠坂凛でしょう?」

 シエルの表情が見えない。

「別に私はあなたを攻めるつもりはありません。魔術師は嘘も方便が普通でしょう?」

 その声の雰囲気が普通の雑談じみた喋り方みたいで得体の知れない恐怖が走る。

「どうかしましたか? 遠坂さん」

 なんだって、教会はこんな連中ばかりなのだろう、と心で凛は唾棄した。

「ああ、それとエミヤの行方、知ってますよね? あれを匿ったってろくなことはありませんよ? 今回の違反はエミヤの引渡しでチャラにしていいですよ」

 近くに買い物の行くような口調が腹立たしく思えた。

「なんのことかしら? エミヤはあれ以来あっていないし、そもそも私が違反した証拠をつかんだわけでもないんでしょ? 当てもない脅しなんて幼稚よ。教会はそんなつまらない信徒ばかり育てているなんて驚きね」

「あら、魔術師の癖に清廉潔白な態度をとるなんてやっぱり魔術師は魔術師でしたか」

 あきれた調子でもなく、明るい世間話のように言う。

 話は平行線、だけど貴重な情報は得た。マキリのことと、落ちたバーサーカー。

「やれやれ、そういう下らん嘘はやめろ。マスターとはいえ、自分を偽るのなら我は容赦なく殺すぞ」

 傲慢で大胆不敵な声と共に、五年前、あいつの家の屋根の上でキャスターを殺したやつが歩いてくる。

「アーチャー、余計なことはするなといったはずですが?」

「知るか、いくらマスターとはいえ、我がそのような指示に従うと思うか? ならば令呪を使え。その程度で抑えられるとは思わんがな」

 その黄金の男はこの時代の見るからに高級なブランドの服を身にまとって凛を一瞥する。

「ああ、他のマスターか。なぜ我を戦わせぬ。この地は人がそういるわけでもないから貴様の心配する雑種への影響なんぞ考えなくともすむぞ?」

 にやりと、整った顔を歪めて己のマスターに不満をぶちまけている。

「いえ、やめておいたほうがいいでしょう。外にもう一人、別のマスターがいる。そちらと組まれたらあなたと私でも少し面倒になるかもしれませんよ?」

「はっ、我が苦戦するとでも? このような雑兵、いくら来ようとも塵芥にしてくれるわ」

「あなたのサーヴァントは戦いたいみたいだけど、どうする? 私のサーヴァントがどういうものか分からないから迂闊に手を出すほど愚かではないでしょう?」

「ええ、こっちの手の内が露骨に曝されているのにそちらのことはまったくわかりませんからね」

 笑顔で言う。

「まあ、想像はついているでしょうけど外のマスターとは組んでいるわ。異変があれば即座に飛び込むよう指示もしてある。ここで騒ぎを起こせば他のマスターも知ることになる。それでもいいのかしら」

 いま、凛が出来る精一杯の脅しだ。

「なるほど、好都合だ。その手を使うか」

 それを英雄王は本気で実行しようとする。

「なっ、待ちなさい、アーチャー。いま、それをすれば―――」

「なんだというのだ? 貴様の行動は我の行動とかみ合わない。不満の一つや二つではすまん。これをすれば我は思うままに行動が出来るのだ」

「―――――ッ」

 予想外の返答に驚く凛だがアーチャーのいう言葉が嘘でもなく、その実力も前回の聖杯戦争でも確認しているから即座に行動できない。

 いま、動けば当たり前のように宝具が一つ、矢のように凛の体を突き抜けるだろう。

 アーチャーは凛を再び見る。その瞬間、凛は貫かれることを覚悟する

「――――――ふん」

 厭きれたのか、馬鹿にしたのか判別のつかない呼吸をつくなり、

「まあ、いい。いまは貴様に従ってやろう、マスター」

 そういうなり、英雄王は元来た道を戻り、教会の奥に行く。

 凛はため息を吐きたい衝動を抑えながら、

「では、失礼します。次にあったときは敵同士、ということですね」

 ええ、といままでと変わらぬ調子でシエルは言った。


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