Ciel 2

 

 教会の外で私は凛を待っている。

 凛から異常ありとの連絡はない。

 それでも私はいらいらしている。

 その原因をランサーが突いてくる。

「なあ、マスターよ。あの嬢ちゃんのことがそんなに心配か」

「誰が藤乃なんかを!」

「おいおい、誰が浅上藤乃なんていったんだ? 俺が言っていたのは遠坂の嬢ちゃんのことだよ」

 霊体状態のランサーの表情は見えないが、絶対に小ばかにして笑っているとその気配が教えてくれる。

 でも、彼に指摘されたとおりだ。浅上藤乃がここにきた理由は橙子さんが役に立つから連れて行け、なんていつかの式を私に渡したときみたいに言った。

 実際のところ、役には経っていた。

 それでも、私は藤乃が人殺しだと知って壁を作っていた。いままでの自然な態度はギコチのない薄っぺらな人間関係に陥っていた。もっと、藤乃に話は聞きたかったし、すこしでも理解したかった。でも、私が近づこうとする勇気が一歩足りない。

 情けない。藤乃は私以上にその一歩が遠いのだから私から踏み進んで一緒に手を取って突き進むくらいの勢いがないといけなかった。自然と、親友のように振舞っていた二人の関係は知らなくてもいいことと生まれ持った異能が簡単に距離を開けてしまった。

 それが何だ、って笑い飛ばせるくらいの気持ちは持とうとした。でも藤乃が拒否する。

 どうすれば、もう一度、昔みたいになれるのか分からない。

 助けて欲しいと、彼女は言う。だけど、彼女はそういいながら助けようとする人の手を払いのける。

 分かりやすいほどのジレンマ。

 済し崩し的に藤乃を置いてけぼりにしてきた私は今度こそ、藤乃の心も、藤乃自身も、この手であの場所から救い出そうと決意する。

「おっ、いい顔になったな。これで俺もやる気が出るってもんだ」

 なんて、ランサーの声が聞こえる。

「その前に体をとっとと修復しなさい。意思に伴わない体は足手まといになるだけよ」

「いうようになったじゃねえか」

「だったら一度でも勝ちなさい」

 ああ、そうだ。私のなかで何かのエンジンが回り始めた。

 これだ。この思いは全身にオイルのように駆け巡って私を走らせる。

 頭がクリアになってくる。簡単だ。悩むくらいならそれを解決する手段で進めばいいのだ。

 私が私に答えてくれる。

 ぎゅっと、手を握る。

 たとえ、共同戦線を張っている凛が反対しようとも、私は藤乃を助け出す。

 お互いに理解しあう、なんて高いハードルはそれからだ。

 助け出さない限り、それはたぶん、永久に訪れない。

 ぎいっと、教会の扉が開く。

 厭きれたような、疲れたような、判別のつかない顔で凛が出てきた。

「お待たせ、鮮花。これから家に行くわよ。大変なことになっちゃってた」

 

 Interlude

 

 ガラスの割れるような感覚が遠坂の館に走った。

 バネ仕掛けのように士郎はソファから飛び起き、即座に手に短刀を投影する。

 それを持って、玄関まで迷うこともなく、走り抜ける。

 結界が割れ、何者かが、この家の玄関に来た。

「同調、開始」

 この家の基本構成を把握し、玄関の先の地面の眼には見えない僅かな重量のゆれでそこにいるのが体重から判断して女二人と認めた。

 かつての遠坂凛のクラスメートの可能性は否定できない。

 いや、結界を壊してやってきた。無知に結界に触れたわけではなく、あえて、中にいる人間にわかるようにして壊したのだ。魔術的知識を持っているのは確実。それは敵以外ありえない。この異変は教会に向かった遠坂にも即座に届く。

 最適の霊地であるこの場を狙うマスターがいてもおかしくはない。

 士郎はナイフを逆手に持ち替え、手首から肘に掛けて平たく持って隠す。

 扉を開ける前に、向うに通るような声ではっきりと言う。

「誰だ」

 返事はない。

 一呼吸おいて、音を立てず、鍵を開け、扉に僅かな隙間を空けて、士郎は飛び出した。

 女のうち、一人を拘束し、首筋に短刀を当てようとすると、体がぐるりと反転し地面に背中から敲きつけられた。受身も取ることが出来ないほど速かった。

「―――がっ!」

 肺の空気が一気に吐き出された。

「相変わらず粗暴な獣のようですね、エミヤシロウ」

士郎はそのとき初めてその二人の女性を見た。

それはリーズリットとセラだった。

 

 

そのまま遠坂の屋敷から無人の衛宮邸まで移動する。凛にはメールで「用事がある」とだけ連絡した。携帯の電源を切る。

「なんのようだ? 俺はマスターとして聖杯戦争に参加もしていないし、お前たちにまだ迷惑は掛けていないだろ」

「イリヤお嬢様がいないとあなたは随分と人が違いますね」

 セラがその名前を言ったとたん、リズの無表情がすこしゆがんだように見えた。

「イリヤ、か。あれはいきなりお前たちが死に掛けたイリヤを誘拐するように車に詰め込んだからこういう態度をとるしかない」

 士郎の脳裏にはいまいるこの衛宮邸の縁側でイリヤが苦しみだした瞬間、セラとリズが来て士郎を見続けていたイリヤを連れ去り、最後にそっけなくイリヤが死んだと連絡して終わっただけだ。アインツベルン城への結界は強まり、そこに近づくことすら許されなかった。

 何度、アインツベルン城に向かおうと、到達できなかった。

 いまさら、である。それも鮮花の話が正しければこいつらは聖杯戦争に参加しているのだ。

「あなたに、はなしたいこと、ある」

 片言の言葉でリズが言う。彼女の口調ではなく、雰囲気はセラと一線を画す。

 そういえば、と士郎は思う。この二人は始めてあったとき以来、まったく見た目が変わっていない。他の知り合いは五年という歳月をその体に刻み込んでいて自分もこれだけ変わっているのに、この二人は時間の外にいるようだ。

「私たちはあなたに大事なことを言わなくてはいけない。いまさら、と思うかもしれません。私も正直、あまり話したくなかったけれど、これはイリヤの意思だから、それを裏切るわけにはいきません」

 その名前に、心臓が高鳴った。

 同じ切嗣の子供のはずなのに、士郎だけが彼の息子として育てられ、見捨てられ続けたイリヤ。前回の聖杯戦争ではそれが彼女の俺に対する殺意の一因となっていた。

「これだけはあなたに言わなくてはいけないと、思っていました」

 いままでと変わらぬ調子でセラは続ける。

「イリヤは死んではいない。現在は機能停止状態です」

 それは士郎の精神に罅を与えるには十分な言葉だった。

「―――な、んだって」

「ですから、イリヤスフィールは生きている、といっているのです」

 士郎は顔を伏せる。表情は読めない。

「なら、お前たちはイリヤを無理やり俺達から引き離して、死んだなんて嘘を言ってだまし続けていたっていうのかよ」

「それも間違いです。イリヤスフィールは人としての機能を失い、聖杯としての機能しか現在は持ちえていません。人としてのイリヤスフィールはあなたの見たあれが最後です」

 それでも、士郎には言い切れない、やり場のない感情が溜まっていく。

 それは、見当違いの八つ当たりだとしても、碌にいままで説明すらしなかったこの二人にそれをぶつけたくなってくる。

「じゃあ、おまえらは、イリヤを聖杯としてしかみていなかったのかよ」

「他に何の必要がありますか」

 表情に、まったく変化はない。

「――――、セラ、手が震えているぞ」

 士郎はリズの心境を察した。

 セラも、口で言うことと、心で思っていることが乖離しているのだと。

「何のことでしょうか? ホムンクルスは人間のようなトラブルを起こすことはありません」

「……まあ、いい。それで、イリヤは今―――」

「今は、人としての機能を果たしていないといっているではないですか」

 理解できないほど馬鹿なのですか、というニュアンスを含んだ口調だった。

「イリヤスフィールは人間として機能していないので魔術的儀式の中心で聖杯としての機能はいまもし続けているのですが、一つ、問題があります」

「?」

 聖杯として機能している。それにどのような不手際があるのか。

「どうやら、もう一つ、聖杯があるようです」

 よく、分からないことをこのホムンクルスはいった。

「聖杯、そのシステムは英霊たちの魂の座。死せるサーヴァントの魂がイリヤの中に補完されていないのです」

「システムエラーか」

 人のなすことは失敗が付きまとうからアインツベルンはマナがある限り、壊れるまで行き続けるホムンクルスで代行し、成功させるはずなのに、エラーが起こるとすればやはり、ホムンクルスを作ったのも人だったためだろうか?

「マキリが恐らくは聖杯をもう一つ所有している。聖杯戦争を邪魔するあの黒い影がそれの現れだと、アインツベルンは踏んでいます」

 士郎はマキリが何のことか分からない。それでもあの黒い影はこの街に帰って早々、襲われた。それはかつて他の場所で戦った何かに似ている気がしていたもの。

「あの、黒い影が、もう一つの聖杯の影響」

 こくりと、うなずくセラ。

「あの影、そしてわれわれの聖杯、どちらかが壊れない限り、この戦争は終わりません。それに、もし、どちらも壊さず終われば、魔力の鍋が溢れかえって、この街を、おそらくアヴェンジャーによる地獄に返される」

 アヴェンジャー―――この世全ての悪。

 切嗣を苛み、言峰、かつてのギルガメッシュを受肉させた聖杯に残る悪意の魔力の塊。

 他をなくすことにより、願いをかなえる。破壊による願いの昇華という形に聖杯の機能を狂わせたもの。

「アヴェンジャーはもとはお前たちの責任だろ」

 はい、と肯定する。

「そのシステムを浄化するための私たちの聖杯。そしてあの影はかつてのアヴェンジャーで溢れかえっている穢れた聖杯。正しい形に戻したい。だからあなたにも黒い聖杯の破壊の協力を願いたい」

「俺に、なんのメリットもない」

「いいえ、あります」

 リズとセラが同時に口を開き、断言した。

「それ、イリヤの、お願い」

 つたない口調でリズが言う。

「そう、私たちはホムンクルス。サーヴァントがたとえ、扱えたとしても願いをかなえるのは人間なのだからそれをアインツベルンの当主に譲らなくてはいけない。彼が来るタイムラグの間に、衛宮士郎、あなたの願いを叶えろ、というのがお嬢様の最後の願いでした」

「――――」

 思わず閉口する士郎。

「私たちがこのような行動をすればいずれアインツベルンに処理されるでしょうが、私たちは構いません。イリヤスフィールの機能不全以降、私たちが存在していただけで奇跡でした。とりわけ、セラはそうでしょう。私たちはその奇跡をイリヤに返したいのです」

 その言葉に確かな決意があった。

「それが、イリヤの願いなら、俺は―――」

 息を呑む。

「こんどこそ、このくだらない争いを終結させる。未来永劫、この聖杯を存在させない」

 自らの出発点である衛宮邸の中で士郎は言い切った。

「イリヤも、あのとき、そう思った」

 抑揚のないリズの声が響いた。

 

 

「あの馬鹿、禄な連絡もせずに私の前から消えるなんていい度胸じゃない」

 思わず口をついて出てしまった。

 教会からの帰り道、家のほうの結界が壊れて、帰ってみれば士郎がいなくて、めったに使わない携帯電話を見れば具体的な目的地すら書かれていないメールが来ていた。

「つまり、士郎さんはどこかに行ってしまった、と?」

 鮮花が問う。

 ええ、と凛は答える。ランサーが笑っている気配が伝わってくる。

 いきなり、具現化し、

「嬢ちゃん、そこまであの男が大事なら今度から首輪をつけとけよ」

 不敵な笑みで冗談とも本気とも取れないことを口にする

「その前にあなたに首輪をしたいわ。ランサー」

 呆れたように鮮花がいう。

「いくら俺が犬だからって飼われるのはごめんだ。もっとも、マスターの番犬なら喜んで引き受けるがね」

 そのやりとりを、どこか懐かしい光景だ、と凛は思った。あの弓兵と自分がこういう風に本気とも冗談ともつかぬ不毛な会話をしていたのだな、と。今のシキとはまったくそういうことは無い。ビジネスライクな関係だ。最低限のコミュニケーションはする。それでも互いに絶対不可侵な領域があって、それが普通の相手とは違って、互いにその城壁が高いのだ。

 シキも凛も鮮花とランサーの関係をうらやましく思うも、決して互いに感情を許さない。

 それに意味はある。よく知っている二人だから―――他のどんな点も似ていない二人だけど、その心のあり方が似ていたからシキを凛は召還できた。

「で、真面目な意見を言うけどよ、今の強敵はセイバー、アーチャー、そして正体の知れぬキャスターなんだな?」

「ええ、アーチャーの宝具は前回の聖杯戦争で知っている。あれに太刀打ちできるのは並みの英雄じゃ無理。それに怖いのはセイバーことヘラクレス。いくつの宝具を持っているか知れたもんじゃないわ。それぞれのスペックは破格のものでしょう」

 ランサーの問いに答える。

「こういうのは好かねえが、残るクラスってのは俺たちと奴ら意外だとアサシンだろ。いけすかねえな。アサシンは絶対協力しねえし、俺たちが戦っているとき心臓を抉り出すだろうよ」

 やれやれ、とランサーは答える。

「やっぱり、マスターを地道に探して本体のみを攻撃したほうが効率的ではないでしょうか?」

「かすかな可能性だけど、今言った三騎のサーヴァントのうち、二騎のマスターは素性が知れているのよ? 柳洞寺のマスターが誰なのか気になるけど、あとの二人は私たちで倒すのは無理だわ」

 鮮花の問いに凛は冷たく言う。

「いや、倒せる」

 今まで寡黙だったシキが言った。

「へえ、自身がおありのようで?」

 ランサーが意外と表情を変えながら愉快そうに聞く。

「俺の姿をあのアーチャーのマスターが見れば油断する、と思う」

「あんた馬鹿? どんなマスターでも敵サーヴァントの姿を見れば緊張して空気は一瞬で変わるけど油断するまではいかないでしょ?」

「いいや、マスター。俺個人の姿で絶対にあの教会の代行者は『油断』する」

 いままでのあいまいな答えではなく、刃にも似た貫くような明確な答えだった。

 その答えは宝具を扱おうとするサーヴァントの意気込みに限りなく近かった。

 教会の人間が驚愕すような視覚的魔術ないしは、宝具を持っていると言わん限りだった。

「それほど自身があるのなら今晩試してみる?」

「ちょっと、それはあまりに危険で―――」

「―――いいぜ、シキ。その減らず口が嘘だったなら今度こそお前の心臓を抉り出してやる」

 焦る鮮花を無視してサーヴァントが答えた。

「へえ、あなたのサーヴァントはやる気ね」

 歯を思わず鮮花は噛み締める。協定とはいえ、実質、凛が主導権を握っている。実力ないしは、経験がモノをいった。

(こんな私だから式に幹也をとられたんだ)

「ええ、分かりました。ただし、条件があります。それは対アーチャー戦が終わったら、藤乃を回収するのに全力を尽くして協力してもらいます」

「もちろん、そのつもりよ」

 

 

 夜、迷うことなく、教会を目指す。深山町を超え、新都直前の冬木大橋まで来る。

 ここで、バーサーカーが破れたのだ。

 士郎はいない。連絡はしたのだから、もしかしたらもう教会の近くにいるかもしれない。

 たとえ、士郎がいなくても勝てるかもしれないがいたほうが断然マシだ。

 ギルガメッシュの性能は前回の聖杯戦争で知っていたし、何より、士郎はサーヴァントを持っていない一端の魔術師なのだ。彼がいくら強くても英雄の戦いに対等に参加できるか、怪しい。

 前回は言峰と戦って勝ったらしい。サーヴァントとまともに戦って勝っているわけではない。殆どが敗北に限りなく近い内容だった。

「――――」

 橋の中腹まで来たときに、闇に融けるように何かがいた。

四肢を獣のように構え、そのしなやかな体が新都からの僅かなビルの明かりでうっすらと見える。

 雲が裂け、月が現れたとき、その影の正体が知れた。

長く、絹糸のような髪が地面にまで垂れ下がり、神が作り上げたその顔は目隠しで隠されている。それはサーヴァントであった。

 そのサーヴァントはそこにいるだけで、何もしない。

 異様な雰囲気だけを纏わせてそこから凛と鮮花を見つめているだけだ。

 鮮花は自分が確認したことのないサーヴァント、アサシンかアーチャーかと思ったが違う。目の前のサーヴァントは女性だ。数が合わない。道理に従わない。

「八体目の、サーヴァント?」

 鮮花がつぶやく。

「いいえ、違うわ」

 そう、私には見覚えがある。このサーヴァントはあの時、間桐慎二が学校で使っていたもの。

「ライダー」

 それでも有り得ない。八体目なんて有り得ない。もしありうるなら二つしかない。

 それは聖杯に介入して操作したか、前回から生き残っているかのどちらかだ。

 獣のような姿勢から二足歩行の直立に体制を変えた。その動作のとおり、人間の言葉を出した。

「ここから先は行かせません。何があろうと私はあなたたちを通さない」

 きっぱりと、断言した。

「へぇ、何があるあるのかしら? 余計行きたくなったわ」

 先には士郎がたぶん、行っている。あいつだけじゃ教会の女とギルガメッシュに太刀打ちできない。

 こっちはサーヴァント二騎、回復は八分程度。勝てないわけじゃない。

「では仕方がない。これより、あなた達がこの先を通ろうとすれば問答無用で攻撃します」

 具現化するシキとランサー。

「へっ、そういうわけだ、ライダー。ここはサーヴァントらしく、潰しあおうじゃないか」

 心底楽しそうにランサーは言って、駆ける。

 それに追従するようにシキも走る。獣のような走りとそれの影のようにぴったりと離れずに奔るシキ。

 対するライダーはすらりと音もなく鎖のついた短剣を取り出し、駆け出した。

 私は音封じの結界を張った。

 さあ、これからが本番だ。わけの分からないサーヴァントの出現なんかで動揺してなんかいられない。

 邪魔をするやつは全部壊して突き進んでやる。

 

 Interlude

 

 士郎は先に新都に着いていた。

 橋を超えてくるであろう凛たちを公園で待つ。

 この公園は自分がかつて自分になった場所。そして、再び遠坂とあった場所。

 ほんの数日前のことだ。ここを見て思う。まるで、俺の心そのものじゃないか、と。

 広く、何もなく、周りの街とは隔絶して、確かに存在している。その墨のベンチに一人座っている。固有結界が自分の心象投影だというがそれ以上にここは士郎自身の心を投影しているようだった。

 風は生ぬるい。湿気が気味の悪いほど士郎を苛む。

 まだ梅雨だ。夏でもない。

 中途半端な季節、それに合わせたような形で公園の中央に、人が立っていた。

 いや、人くらいの大きさのもの。

 その雰囲気を知っている。

 ―――影は、ゆっくりと、震えるような動作で士郎に近づいてくる。

 その気持ちを知っていた。

 ―――その震えは喜びか、悲しみか分からない。どちらでもないかもしれない。

 この場に不釣合いなほど、温かい思いが頭を何故かよぎった。

 ―――黒い海月のような影はこの街に来た日に戦ったもの。

 そんなはずはないと、信じたい。

「―――■■■■」

 だけど、その声は万感の思いに震えていた。

 ―――以前と同じように、海月は何かをつぶやいた。以前は聞き取れなかったそれがはっきりと今回は聞こえた。

「―――-せんぱい」

「桜、か?」

 目の前の影は肯定とも否定とも取れない震える動作を繰り返しているだけだった。

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