Ciel3
最初に飛び出したのはランサーの陰に隠れるように疾駆したシキだった。
極端に低い姿勢からするりと延びたナイフを逆手に持ってライダーに肉薄する。
下から上へ切り上げようとする動作でライダーを裂こうとする。鮮やかな金属音が奔った。ライダーの短剣のチェーンで弾かれる。それは宝具の力などではなく、純粋な怪力だった。
それを待っていたようにランサーが上段へ飛び、槍を振り下ろすように突く。
大きく体を振り回し、柔軟な体でその槍を交わす。
それを確認するなり、地面に着地し、槍でライダーの足元を薙ぐ。転倒を誘うためではなく足を砕くためだ。
それも一手早く、跳んで交わす。
そこに、高く飛んだシキが居た。
黒い布から獣が飛び出し、ライダーの喉に喰らいついた。
「―――あっ」
快感か、痛みか判断がつかない声がライダーの口から洩れた。
今までの攻防が馬鹿らしくなるような出鱈目な速さで獣は食いちぎり、着地した。
獣はすっと何事もなかったように黒い布と化した。
だが、サーヴァントは呼吸する必要はない。
その状態でもダガーを振り回し、牽制して一定の距離をつくり、鮮やかな弧を描きながらシキとランサーから離れる。
仕切りなおしだ。ライダーの傷も塞がっていく。
ライダーにはこの二人に打ち勝つ宝具を持っている。だが、それでは確実性がない。
一対一ならば仕留めることは容易だ。だが、今は一体二。あたっても一人が隙だらけのライダーを背後から攻撃するだろうし、もし向うが何らかの宝具の使用でライダーの一撃を外したなら魔力を充填するまもなく、二人に討たれる。
それでも、ライダーはこの二人に勝っているものがある。
圧倒的な魔力。それが彼女の彼らに対する切り札。
「まさか、俺のお得意の仕切り直しをされるとは思いもしなかったぜ」
ハッと、うれしそうにランサーは嘲笑う。対してライダーは無言。
凛は結界を張りながら、その戦いの隙に如何にライダーに手を打つか思索する。
ライダーのマスターは周囲にいない。令呪に反応はない。
以前の聖杯戦争から残っているならマスターは慎二だろうが慎二は行方不明。恐らくは死んだものと思われる。ならば、マスターは誰か、その答えは二つの可能性を導き出すが凛は認めたくなかった。
マキリの当主、臓硯か、桜。
五年前の学校での戦いより、数倍もの魔力がライダーから感じられた。これが本来の力。魔術師に行使されるライダーのサーヴァントの真の力。
「―――さて、どうします」
鮮花が凛に問う。それに対する答えを持ち合わせていない。今はこのライダーを打ち倒して教会に行くという選択肢しかない。相手の宝具を知ってはいるがそれ以外は未知数。あのときと同じと思っていたら負ける。冷たい思考が凛を魔術師として理論化させていく。
「戦いは戦いのプロに任せて私たちは周囲の警戒とサポートをするしかないわ」
キッと、凛は橋の対角線上、そこに影を見つける。遠くから、こちらを観察する影二つ。
魔力で水増ししてやっとだ。周囲を暈す結界を向うが張っている所為か、輪郭がはっきりとしない。それが目の前のサーヴァントと関係しているのか、他のマスターか判断が出来ない。こちらの手の内を明かす腹だろうがそれを気にして倒せるような相手ではないのも事実。どちらにしろ、彼らにやってもらうしかないのだ。
それより怖いのはライダーがいることに対しての疑惑。誰がマスターなのか考えるだけで大きな隙が出来る。
ライダーの姿を見たときから凛の心にはしこりが出来た。それはだんだんと、彼女がこいに意識しなくても勝手に増殖する癌細胞のように彼女の心を苛んでいく。
「ランサー」
冷たい声でシキが言う。
「なんだ、坊主」
「俺がやつに隙を作る。その間にお前が心臓を抉り出せ」
「馬鹿、奴に丸聞こえじゃねえか」
「かまわないさ」
そういうなり、シキは遠坂邸のナイフではなく、自分の本来持つナイフを取り出す。
逆手に構え、眼の周りの包帯を外す。
蒼い、眼。それが世界の切れ目を捉えた。
すうっと息を吐き、吸う。
たんっと心地良く地面を蹴る音が響く。ナイフを逆手に構え、走り出す。
シキが駆け出したとたん、彼は縦横無尽にナイフを振るう。
刃先が周囲の鉄骨や地面の石畳に綺麗に突き刺さり、独特のラインを橋に描きながらライダーに突進していく。
シキが走り抜けて、一瞬のち、シキを追いかけるように橋が最小限の崩壊を起こしていく。走れば走るほど加速度的に橋が崩壊していく。
一面的な破壊ではなく三次元的な曲線を描いて硝子のように橋が砕かれていく。
それはどこか神々しささえあった。彼が駆ければ周囲が後から破壊されていく。それも自然な破壊や力による無様な崩壊ではなく、滑らかな切断面を描いてこうあるべき形で崩壊していくような耽美さがあった。
破壊には似つかわしくない美しさのなか、軽やかにシキは走り抜ける。見つめているのは正面、敵だけ。周りの崩壊は二次的なもの。
足場が崩壊し、下の川に落ちる音が一つ響いた。即座に連続して崩れ落ちたコンクリートが水面に大きな波紋を立てていく。
「滅茶苦茶だな、おい!」
だが、これがシキの言っていた隙だと気づいている。
「まったく、滅茶苦茶よ」
凛はそういいながら宝石を弾丸として発射する。位置はライダーの周囲。
「それでこそ、私のサーヴァントだけどね」
どこか、楽しげに言った。
それを弾かなければライダーも体が抉れる。ダガーでそれを塞ぐも、魔力の圧倒的な衝撃で体がぐらつく。
同時にライダーの足元が崩壊した。
はっと、地面を見下ろしたライダーの眼に映ったのは月明かりで出来た男の影。
見上げる。
月を背後に空中に浮かんでいる瓦礫を足場にするようにランサーはシキにすぐ追いつき、飛び越え、ライダーを確実にしとめることが出来る距離までつめていた。
「刺し穿つ――――」
ダガーで防ぐことも出来ない。最初から突き刺さっているはずの槍が滅茶苦茶な軌跡を描いてこれから心臓を抉りぬく。
だが、それを許すライダーではない。
すでに短剣は防御に使っている。因果を利用する武器なら放たれる前に、その意味を発生させる言葉より早く、即座にワンアクション以内で終わらせなければならない。
「死刺の―――――――――」
そこで、ランサーの声が一気に吐き出された呼吸と共に止まった。
無様に受身を取ることもなくライダーの手前で倒れこむ。槍を持った姿勢はそのままで、それは倒れた彫刻のようだ。
「ランサー!」
シキが駆け出そうとして、やめた。
ライダーの、眼帯が落ちている。眼を封じていたものがなくなっている。
それは、宝石だった。
人の眼では有り得ないカラー。宝石をそのまま眼球にはめ込んだような硝子色の瞳。
それが、何かしらの魔眼だと、分かってはいるものの、シキの体はそれ以上動けない。近づけば、自分も石化の影響下に陥る。
「石化の、魔眼か」
ランサーがつぶやく。してやられた、としか言いようがない。その魔眼こそゴルゴン三姉妹末女メドゥーサの本質。
じゃらり、とダガーが呻る。
「へっ、だがよ、この程度で俺を止められるかよ!」
獣のような咆哮を上げ、石になりかけている皮膚が割れてくる。
それは筋肉の動きではなく、魔力と精神の賜物であった。
生をぶつけ合うような戦い、手足がもげようと、犬の名に相応しく、敵の喉を食いちぎる。
それを見て、ライダーは魔力を少し、目に込めた。
その姿は自分にいままで立ち向かってきた勇者を名乗る凡人とは違っていた。
あのペルセウスとも違う、死すらも己の誇りとして受け入れる、意思ある獣の眼をしているからだ。
石になれば、打ち砕かれる。神代から繰り返されてきた作業。
ゴルゴン三姉妹に敗北したものは石となり、飾られるか、弄ばれて壊される。
そのはずなのに、石にすることが惜しまれる。
いや、石にするなら永久にその誇りと闘争心に満ちた表情と共に未来永劫美術品として飾りたいほどの美しさをこのランサーは持っている。
一瞬、鮮花も見惚れる。だけど、だめだ。これが神代の戦いならばこのまま、観客として敵味方関係なくこの戦っている二人をたたえる。だが―――だが、この戦いは聖杯戦争なのだ。
鮮花は、令呪に――――力を込め、叫んだ。
「戻って、ランサー!」
令呪を消費してランサーを戻そうとする。
激痛が鮮花に走る。ランサーは戻った。これで二つ消費だ。ランサーが裏切るとは考えにくいが勝利するためのリスクが高くなる。
シキは、というと、いつの間にか、眼帯をしている。今までと違うのはその眼帯が裏表逆に巻かれていること。
内側からの力を封印していたのだからそれを返せば外側からの守りは容易であった。
もっとも、自分の持つ魔眼よりワンランク上の存在を果たしてどこまで防ぎきれるか分からない。
人間的視覚は現在使用できないがそれ以外の感覚器官と相手の点と線を捕らえているので不自由はない。
それでも、困惑する。並みの吸血種とは違って月下の真祖に近いくらい死の線がサーヴァントには存在しないのだ。
自分の目よりランクが上の存在なのだからそれを見出すのは困難を極める。
眼帯の上からその線と点を見出そうとする。
ばちり、と凛の令呪がそれに呼応するように疼いた。
「ほんと、滅茶苦茶よ。あいつ、強いじゃない」
だが、シキの性能は高くはない。宝具扱いとして一振りのナイフと魔眼、そしてある魔術師の作った眼帯くらいなのだ。その中で彼の価値を高めているのは魔眼と経験と技術のみ。ライダーのような怪力もランサーが駆ける豹がごとき足もない。走るとしても一瞬だけの速さ、早く見せるための幻惑に近い技法。それでも―――彼は魔を断つことに関しては一級品だった。
ライダーの本質は女神であるが至る先として魔と化す。自らの姉をも喰らい、数多もの勇者を殺し、ペルセウスに討たれるまで魔として存在していた。
だから、シキの対魔というカテゴリーに属される。
これがシキの能力を底上げする。恐らくは、今回召還されたサーヴァントの中でライダーと真っ当に戦えるサーヴァントである。
勇者ペルセウスは鏡を利用して戦った。シキには必要ない。彼のような宝具はないし、神の加護もない。
それでも、シキは勝つために、一歩足を引き、逆手のままのナイフを正面に突き出し、東洋の格闘者のような姿勢に落ち着いてライダーを正面から捉える。
魔眼を開放したままのライダーは対して短剣を構えなおし、即座に駆け出せる姿勢をとる。
―――足元の、石畳が崩壊の影響で崩れようとしている。
じゃり、とどちらの足からも聞える。
―――ぼぎん、と足場の崩壊が二人に達した。
同時に二人は飛び出した。いた場所はばらばらと壊れ、落ちていく。
一度目のぶつかり合いは壊れていく足場を利用しての互いの短剣をぶつけ合うことから始まり、そこからシキはバネのような跳躍で上段の車道に向かって飛ぼうとする。その横っ腹をライダーが空かさず蹴り飛ばす。
ぼぎり、と肋骨が心地好い音を立てた。それは遠く離れていた凛にも聞えた。
だが、その手ごたえは妙に軽い。その怪力を利用してシキは更に上段の鉄骨まで飛ぶ。
口から洩れる血液がシキを追うように曲線に走る。
猫のように鉄骨に着地しようとするシキが止まろうとした瞬間にじゃらりとその着地地点に短剣が彼を抉りぬくように飛び出した。
ナイフでそれを反らすも、シキが一本のナイフに対し、ライダーは二本。手に持った杭のようなナイフが隙だらけのシキを打ち抜こうとする。
もう一刀のダガーが、吸血鬼を打つエクソシストのように心臓に突き刺さろうとする。
それはがぶり、と獣の歯で塞がれる。荒い息がそのナイフに掛かる。
ライダーはそのダガーを取ろうとして、抜けなかった。その隙を突いて、シキの目が眼帯の奥で煌いた。
それは数少ない死線を見出す行為。シキが捉えたのは右上腕、左手首、左肩から腰にかけるまでの長い線、右大腿、左足首、膨大に長い髪の毛の中間。そこに線を見る。
点は見えない。
シキはそれら全てを切り裂こうとする。
動作は瞬間、かつて真祖に行ったときより、早く、鋭く、正確に、昆虫じみた筋肉の収縮力で裂く。
右上腕から渦を描くように体の中心の線にかけて切る。
まずは右上腕、それが音もなく、たいした感触もなく、空気を裂くように呆気なくライダーの彫刻のように美しい手がもげる。
ついで、その勢いで左手首。それを断とうとして、その空間に左手は存在していなかった。いや、獣に食われたままのダガーを手放し、ライダーは思いっきりシキを蹴り飛ばした。その反動で獣が口からダガーを離す。
車道のアスファルトに罅を入れてシキが隕石のように墜落する。鉄骨の上に立つライダーの右腕は最初からそうであったように綺麗に消えている。
痛み、より「腕がない」という事実に心が痛むのか、端正な顔を悲しみに似た形に歪めている。
それはそうだ。手が再生しないのだ。どれだけ魔力を注いでもその切れ目からじわりと溢れる血と一緒に流れていく。存在が切断されているのだから霊体レベルでも実在しない。霊的手術でも直すのは困難な傷。恐らくは、この聖杯戦争中ライダーは片腕を再生することはない。
遅れたタイミングで凛の足元に切り払われたライダーの右手がぼとり、と落ちて、鋭利な傷口を覗かせていた。すう、っとそれは空気に拡散して消えた。
それでも、片腕を失ってでもライダーはその場所から動こうとしない。
この四人が一歩でもライダーを超えようとすれば古の門番のように彼らを迎え撃つだろう。
片腕を失ったライダーを見ても、脅威そのものだ。
シキがあの数回の蹴りで恐ろしいダメージを受けているのは見て分かった。
人間で言えば、アバラが数本折れて他の場所には罅がいくらか入っているだろ。
ライダーは片腕を失って魔眼を開放しているが、まだ宝具がある。
その気になれば瞬時にこの橋を薙ぎ砕くことが出来る。
どこかで、笛のような音が鳴った。
それが聞えたとき、ライダーは背を向けて姿を消した。その気配も消えている。
凛はすぐに橋の対角線上にいるさっきの二人組みを確認する。
それもライダーと同時に消えていた。
◇
静かな、夜の公園で、その海月のような影がゆっくりと開く。
それは舞台の幕にも似ていた。そうだ、衛宮士郎が再びエミヤシロウとして戦うための幕だ。
黒いカーテンの向こうには五年の月日を感じさせない、いや、まったく年をとっていない間桐桜がはじめてあったころのような昏い表情で立っている。
その光景が非現実的だった。一瞬、五年前に戻ったような錯覚を士郎は感じた。
「先輩」
三度、桜の姿をしたそれはいった。
だけど、士郎は忘れていない。この黒い影は自分がこの街に来て早々、襲ったのだ。
士郎の魔力を二割ほど奪ってからすぐにいなくなった。
「あの時は先輩だなんて分からなかったんですよ」
どこか、空々しい声。
「あんまりにもおいしくて、まるで先輩の料理みたいだな、なんて思ったら先輩だったんで私、びっくりしてにげちゃったんですよ」
料理を作っていたときの桜のような声。
だけど、桜が食べたのは―――士郎の魔力。
桜の服装は以前と違って、黒いワンピースにも似た魔力で編まれた服。
そして、決定的に違うのは―――士郎がここ数年で浅黒い肌になり、色素が魔力の影響で抜け落ちたように、桜の髪も白く染まり、その瞳は魔的な赤をしていること。
「でも、わたし、先輩に会えてすごくうれしいんです。遠坂先輩と一緒にいる姿を遠くから何度も見ていました。遠坂先輩を助けたことや、いつもの家の庭でイリヤさんのメイドさんとお話しているのも、ずっと―――見ていたんですよ」
自分が、知らないところで、かつての友人、間桐慎二より、深い闇の底に桜がいた。
「気にしないで下さい。先輩に声をかけられなかった私が悪いんですよね? だって、私が見ているのに先輩が気づかないなんて私のせいじゃないですか?」
「桜、お前―――」
「でも、私、先輩に会ったとき、自分が切り替わった気がしました。うじうじと後ろめたくしていた自分が馬鹿みたい。そうですね、私の心の奥で何かが言うんですよ、死ね、死ね、死ね、って。どんな恨みを持っていたのか知りませんけどその怨嗟は私と比べると圧倒的でこんなことで憾む、なんていっていたら心の奥にいるその人に悪いじゃないですか。だから私は先輩に会ったときに前向きになったんです」
喋り方は五年前と変わらないのに、その節々に現れる声の調子が威圧的で、憎憎しげで、何より、楽しげだった。
「先輩、私と一緒になってくれませんか? 遠坂先輩は先輩をだめにします。私なら先輩の願いをかなえることも出来ますよ」
でも、それは―――
「―――違う、桜。俺の願いは桜じゃかなえられない」
「じゃあ、私からお願いします。私を助けてください。昔の先輩と私に戻れませんか?」
軽い調子で桜は聞く。士郎がこの街を捨てたときからこの結果は待っていたのかもしれない。
「無理だ。昔に戻れるなんて、それこそ、魔法だ」
「じゃあ――――――私のものになってください」
その言葉を言ったとき、桜の目つきが変わる。
無表情に近くて、その真意が?みづらい。
「俺は―――」
息を呑む。
自然と、そうさせる空気がある。どんな答えを言っても昔に戻れない。士郎は自分が答えようとしているものが桜を傷つけるものだと無意識に理解している。
それでも言わなければならない。
衛宮士郎は正義の味方でなければいけない。誰か一人の味方ではいけない。
それは独善、それは傲慢、それは自分が倒してきた悪の全て、それは自分の基盤を壊す究極の一手。
「俺は、桜のものになれない。俺は、正義の味方だからだ」
だけど、自分の言った言葉は今まで戦い続けた中でもっとも痛い攻撃だった。
自分に対して、どんな刃より、鋭利に、エミヤシロウの精神をずたずたに乱暴に、破り裂いていく。
苦渋に満ちた士郎の顔を見ることもなく、桜は―――その答えを知っていたから、その答えが予想通り過ぎて、最後まで自分の価値が士郎にとって正義の味方以下だと知ったから、躊躇なく、士郎を黒い影の刃を地面に走らせた。
「―――投影開始」
それを防ぐのは夫婦剣。かつては茶化され、夫婦のようだと同級生にからかわれた仲の良い先輩と後輩が戦いあう。
誰も望んでいなくて、誰も認めることも出来ない、誰もそういうことすら考えなった身内同士の殺し合いが始まる。
その膨大な桜の魔力がどこから来ているか士郎は知っている。深山町と新都を中心に起こっている失踪事件。その正体が桜。
正義の味方として、抑止力の後押しによって生まれたカウンターガーディアンとして、無作為に多数の人間の命を喰らう『悪』を倒さなければならない。
それが、かつて、自分の愛した平和な日々の象徴だったとしても。
―――もっと、心を硬く、
「投影装填」
士郎は投影した刃を空中にストックし、次から次へと刃を繰り出していく。魔力とのぶつかり合いで崩壊した刃はすぐに捨て、ストックした刃を取り出し、切りつける。
―――冷たく、何も通さない、
ストックされた刃が引き絞られた弓矢のように正確に桜の心臓めがけて飛んでいく。
―――甘ったるい、帰らぬ日々も、その鉄の中に押し込んで、
「やっぱり射は上手ですね、先輩」
正確すぎて、桜の魔力放出で宝具が静止する。
―――鉄のようにあろうとする。
桜の言葉が在りし日の言葉そのままで、この状況が心に負担をかけてくる。
「私、射がうまくなったんですよ? あのあと部長になったんですから」
そういって桜は魔力の塊を士郎めがけて放った。
凛のガント撃ちに近い勢いで魔力を喰らい尽くす弾丸がマシンガンのように士郎に襲い掛かる。
それを、
「一斉射撃」
空中にある投影された剣で迎撃して防ぎきる。
正確無比に全ての魔力弾は弾かれた。
―――なぜなら、体は剣で出来ているのだから。
心がどれほど動こうとも、過去がどれだけ今を苦しめようとも、エミヤシロウは正義の味方であり、そして、その基本は体は剣で出来ているのだからそれに相応しく悪に立ち向かう刃とならなければいけない。
ここは十五年前、エミヤシロウが生まれた場所だ。だからこそ、切嗣の息子として相応しい姿で武器を取る。
「先輩が私のものにならないから、私はもう先輩が要りません。さようならです」
どろりと、闇に融けるように桜は消えた。
どこかで、笛のような音が鳴った気がした。
びきびきと、体中に激痛が走る。27の魔術回路が暴走しかけている。
ごくりと、宝石を飲んで落ち着く。
汗で濡れた体が夜気に冷やされていく。底冷えするなか、士郎は息を整え、凛たちが待っているかもしれない橋に向かった。
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