3/ 幻視確認 Into Eyes
―――二日目/十二時より零時
私は昼が始まろうとしている時間に目が覚めた。
一瞬、昨日の散った人花を思い出す。
なんて、迷惑な―――理不尽だ。
だから、私は今日、『変わる』ことにした。
「お姉ちゃん! 起きたーーー」
障子を蹴破って都古が入ってきた。
「おい、都古、昨日いろいろあって疲れてるんだ。もうしばらく休ませてくれ」
むすっとした顔で都古は、
「………お兄ちゃんなのに〜、つまんないの」
といって帰っていった。
「さて、もう一眠りっと」
なんか、せっかく体使えても寝るんじゃ意味ねえな……
◇
「しっかし、参ったな、湊啓太って子、電源切ってる」
あの女の子を探そうかと思ったけど先に学人からの依頼をやらなければいけない。
聞いた電話番号に反応はない。鳴らない電話に意味は無い。やはり、地道に探すしかないのか。
「でも、橙子さんを探すときほど辛いわけじゃないし」
しばらく、仕事で暇を貰ったので僕はその手の人たちに聞き込みを開始した。
◇
目の前には空き部屋のはずのアパートの一室。その扉に手を掛ける。
鈍い軋む音とともに造作も無く扉は開く。
一歩、また一歩進む。
広い部屋、家具も調度品も無い空き部屋のそこかしこにコンビニのジャンクフードの包装が転がっている。
部屋の隅には芥に囲われるように膝を抱えて座っている少年が一人。
顔は窶れ、病的だ。いや、完全に心は病んでいるのだ。
でも、顔を見て完全に思い出した。
高校時代の後輩、湊啓太だ。
「誰ですか、あなたは……」
呆けたような顔で僕をうつろに見つめている。やばい、学人の話どおり、薬をやっているかもしれない。
「黒桐幹也、君の先輩の学人の友人、君と話くらいはしたことがあるけど?」
「先輩……、黒桐先輩―――なんで、あなたがここに、来るんですか」
「いや、学人に君を探してくれって言われて来たんだけど……君、なに、やった」
湊啓太は首を左右に振る。
「昨日の夜、君はあのバーに居たんだよね」
僕が言った瞬間、彼は大きく首を振った。
「じゃあ、なんで、君はここに居るのかな?」
「……ぃっ」
聞き取りにくい小声で彼は何か言った。しゃがりこんで彼との距離を近くする。
「……俺は知らない、捻じ切れたなんて、雑巾みたいに、あれは嘘だ、化け物だ、浅上藤乃は―――」
―――バケモノ、浅上藤乃。
錯乱しているのか、薬で幻覚を見ておかしくなったのか判別がつかないが、何か引っ掛かった。
「で、君はやっぱりあのバーに居たんだね。僕は学人に君を保護するように言われてきたんだけど……」
「俺の、俺の話、信じますか、人間を見るだけで捻じ切ってしまう女なんて…… あいつ、変だと思ってたんだよ! 女学院の生徒で結構上玉なのに、いつも演技臭くて、感じてないんじゃないかって、不感症かとみんな思っていましたよ。それに、殴っても痛がらないし、人形を抱いてるみたいで不気味で、さっき携帯に電話かけてきたんですよ、殺すってさ! あの女が人間らしかったのはバットで殴ったときくらいしか―――」
「―――君、少し黙ってくれ」
これ以上聞くと僕が我慢できない。
「とりあえず、君がその調子じゃ警察は無理っぽいしね、僕の知り合いのところで君を保護する」
こういう異常なことは橙子さんに任せたほうが安全だ。
◇
「ねぇ、一緒に飛ぼうよ」
そのとき、何かが、私の精神に入ってきた。
友達と街を歩く中、その言葉は私を虜にした。
それが酷く魅力的で、たまらなく甘ったるい香りがする声。
とろり、と私の精神が絡めとられていく。まるで部活のあと、先輩に無理やりお酒を飲ませられたような心地よさ。
ほうっと、見上げた。
遠くて、高い。
そこには白い蝶が、私を誘う。
カンカンッと非常階段の音が足元から響くたびに心が高揚してなんでも出来る気がしてくる。楽しい。こんなにも楽しいこと、いままで知らなかった。
上に行けば行くほど高鳴る心臓、もう歩いていられない。走り出す。
下を見下ろすとまるで蟻みたいに人が往来していて、車が忙しなく往復している。
目の前には日が沈んで残照が黒く世界を染め上げようとしない。だけど、それがたまらなくきれいで、そんな空に向かって跳ぶ。
飛行という幻想へ―――
でも、何故、私、弓塚さつきは飛びたかったのだろう。
そんな冷たくて宵が冷めるような思考は飛び降りてから思ってしまった。
◇
それが、私の二度目の幻視。
私が墜落ちるという、幻視―――
それはとても怖くて、とても甘美に感じられた。
とても、綺麗だった。
白い蝶のように舞う女性の姿が。
それは、幻視ではなかったのかもしれない。
「えっ!?」
なぜなら、目の前に現実の少女が落ちてきた。
それも、私の目の前に。
◇
橙子さんに言われたとおり、浅上藤乃の手がかりを求め、街を歩く。
空を見上げる。夕日の残照が残る夏の夜空に早くに出た月が巫条ビルに掛かる。
月がうっかりと屋上にいる人間を照らし出した。それが跳んで、女の子が落ちてくる。
咄嗟に、そのビルの下にあるこれから取り付けようとする垂れ幕を引っ張る。
作業員の罵声が聞こえたが気にせず彼女が落ちてくる場所まで引っ張る。
機械に取り付けられた垂れ幕はピンと張った。
途端、―――衝撃音。
俺の腕からビシっと音が聞こえた。
罅、入ったかな?
と、他人事みたいに考えてたら周りから拍手が沸いた。
こんなことしてる場合じゃないのに―――野次馬を掻き分けて俺は浅上藤乃を探す。
◇
「この馬鹿が」
話を終えて一段落したなりにこれだった。予想以上に酷い態度だ。
「おまけに、こんなものまで連れて来やがって」
橙子さんは不機嫌極まりない。
なんたって眼鏡をかけたままで眼鏡を外した時のような口調だからだ。
「こんな奴、囮にしか使えまい」
「でも、彼を浅上藤乃から保護するには―――」
「よくこの男をここに連れてきたな」
その言葉は侮蔑の意がこめられている。その所為か皮肉めいた笑みが浮かんでいる。
「湊啓太、彼が言っている女はね、七夜が追っている」
「七夜君が?」
「私たちの給料分の仕事だ。浅上藤乃を停める」
「―――停めるって、殺すんですか?」
「何を言っている。少なくとも彼女は四人殺しているぞ?」
その言葉は少しおかしく感じた。
朝のニュースでは、四人以外にも、もう一人いたような気がする。そこから少し離れた場所だったけど確かにあった。
「湊啓太の話からも分かるように彼らは彼女を陵辱した。だから復讐する。それならば私は見逃すが、彼女の過去が過去なだけに出来れば殺すようにと依頼されている」
「依頼主って誰なんですか?」
「浅上藤乃の父親だよ。一族から殺人者が出たら恥だからだよ」
「でも、」
「でもも、糞も無い、黒桐。私が彼女を停めると言った理由を教えてやろうか? 彼女はね、幼い日、あの力で無差別に人を傷つけたことがあったからだよ」
◇
鮮花と別れた私は、街を歩く。
何故、あの青年にばれたのだろう。
彼は何故、知ったのだ。
私が私に戻るために殺さなければいけない人間が湊啓太以外に更に一人増えてしまうなんて。
これ以上殺したくないのに、
唐突に、刺された傷が痛む。
鈍くて、私の憤りのまま、ぐっと込み上げて来る痛み。
痛い、痛い、痛い、これが痛み。
中で熱を持って暴れまわる痛覚は私を際限なく、苦しめる。
眩暈がする
―――意識がいつもは消えていくのを実感していた。
吐き気がする
―――呼吸が辛くなって喉に異物を感じてそれだと知っていた。
頭痛がする。
―――世界が左右にぶれているのを視認して知っていた。
でも今はそれが全部、感覚を伴って私を残酷なまでに刺激する。
ああ、私は生きている。
◇
―――浅上藤乃
彼女は、浅神、縁の者。
浅神、不浄、両儀、そして、七夜。
この国の対魔の一族。
浅神は、人知を超えた力を行使し、「魔」を滅する。
その力は何かを代償とする。
不浄は、「巫女」として最高の能力を有する。
その眼は後に盲いる。
両義は、「 」に至る為に総てに対する人間を造り堕す。
そして、異常者が生まれる。
七夜は「殺す」に特化し、何かしらを見る事によって見えぬものを殺す。
近親間の呪われた血筋がそれを産む。
彼女は「外れた」らしい。
橙子さん曰く、殺してもかまわない。
俺は誰も殺したくは無い。
今のところは誰一人殺していない。
人間という点に関してだけど、どれも人間じゃなかったか、といわれたら怖いから考えないことにする。
軋間の逃げ出した人だった獣の処分ならした事がある。
あれは本当に規格外だった。
橙子さんに手伝ってもらって、やっと倒した。
まあ、その時、鮮花に見られてしまったのだが。
それ以来、俺を通して弟子入りしたいといってきた。
理由を尋ねると、どうやら浅上女学院の遠野秋葉という女が黒桐さんに惚れているらしく、彼女に勝つためだそうだ。
今回の浅上藤乃が外れてしまってどうしようもない獣なら心を誤魔化して殺せたかもしれない。だけど、彼女は復讐をするという意思を持って生きている。もし、俺が会ったとき、人のままなら殺せない。もしいま人の心を持っているなら持っているうちに助けたい。
間に合わなくなる切欠はどこにでもありうるのだから。
◇
「はい、その件につきましては早急に手はずを整えて対処します。で、今回の被害者、弓塚という女子高生は奇跡的に助かった、と。彼女との面会は出来るのでしょうか。……はい、ありがとうございます」
女性秘書のような対応をした後、蒼崎橙子は受話器を電話機本体に置いた。
「―――まったく、私は何でも屋じゃないんだぞ」
と、愚痴を口にするものの、どことなく楽しげだ。
「不浄ビル、まさか噂が本当だとは―――」
煙草を取り出し、口に咥える。
「七夜も仕事が増えて哀れだな」
顔は、明らかに笑っている。
「さてと、準備、準備」
楽しげな声で彼女は肩の間接を鳴らして、仕事に取り掛かった。
◇
今日はなんてついてる日だ。
と、青年は思った。
目の前には上玉の少女。
湊啓太たちのグループで廻されている噂の礼園女学院の美女。
それが啓太を求めて俺なんかのところに来るなんて―――最高。やっぱ、ヤルには人の居ない所が、一番だ。一応はお決まりコースでいったあと、ホテルへゴーってか。
そう思い、青年は海に近い、建設中のブロードブリッジがよく見える倉庫にきた。
彼が女を引っ掛けるとき、まあ、隠れた名所的デートスポットとして活用している場所だ。やるとはいっても一応は最低限の流れを作っていこうと思っている。そこが彼のロマンでもあった。
それらはまったく持って無意味だったのを知ることになるだろう。
「で、あんた、湊啓太のことが知りたいって?」
「はい、私、どうしても彼に遭わないといけないので―――」
「連絡はつくんでしょ? じゃあ、本人に場所聞きゃいいじゃん?」
「でも、啓太さん、私に場所教えてくれなくて」
「だから、俺に聞きに来たってワケ?」
「はい」
青年は昨日のニュースを知らない。
だから、こう考えた。
―――この女、やりすぎていかれたのか、と
彼女は唇を歪めながら話していた。笑っているように見えてそう印象付けた。
最初からいかれてるならちゃっちゃとホテルに連れ込めばよかった。イラつきながら、
「で、そんなん口実で俺とちゃっちゃとやりたいんだろ? 湊啓太なんてどうでもいいから俺と―――」
「―――凶れ」
「え?」
違和感を覚えた。
右肘が、逆方向に曲がって、そのまま半回転して、間接を超える。そして、骨が、皮膚から―――突き出した。
「え、ええええええ、あ、あ、あ、あ、ああ、お、俺の、て、てて、て、手が―――捻じ、捻れて―――、あ、あ、あ、あ、痛、ね、捻れて―――」
血液が、噴水のように舞った。
肌から出た白いモノ、対照的に赤い液体は白いモノを染めることも無く噴出しつづける。
ねじ切れ切れず、皮一枚でぶらりと垂れ下がる。
彼女は青年のその不恰好な、手と呼ぶには醜い肉隗を更に凶げようとする。
「―――やめろ」
倉庫の扉に誰か立っている。
その誰かを見たとき、少女は最初、凶げようとした。
が、それをすることは出来なかった。
ブロードブリッジのイルミネーションと航行する船の淡い光が唯一の光源。
それをバックに暗い倉庫に淡い影を造り出す少年。
この凄惨な場には似合わないくらい無害な顔つきをした少年。
Tシャツにジーンズ、地味といえば地味な格好。
平凡でどことなく、少女の知る先輩に似た少年。
その、雰囲気があの、名前を知らない先輩にとても似ていたから思わず問う。
「あなた、誰」
「七夜、志貴」
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