4/ 痛覚残留 Fantasy Hart

 

―――三日目/零時より十二時

 

私はあの青年を探そうとしたが、諦めた。

見つからない。どれだけ街を歩いても見つからない。あせって早歩きになる。

これだけ人がいるのにその人だけを探すというのは砂漠の中で針を探すようなものではないかと思ってしまう。

私に、

「君が、曲げた犯人か」

と、言ったあの青年。

―――あの青年と、湊啓太を殺さないと、私は家に帰れない。

私はせめて港啓太だけでも殺そうと彼に繋がる人物を辿って彼の元に行こうと思った。

結果、今のところ不正解、ばかりだ。

目の前の男は私の体が目的だった。

役立たずだし、せいぜい脅しにくらいは使えるだろう。

だから、凶げた。

馬鹿みたいに叫んで、のた打ち回る。頭が悪いな、なんて思う。

こういう風にこの男の手をぐちゃぐちゃに凶げる自分だけど別にこいつが憎いわけでもない。ただ、あったからしただけ、みたいな感覚しかない。

「―――やめろ」

 私の行為は最初、見られた、という、思考で停められた。

振り返ると、最初に思ったのは、先輩、と、思ってしまった。

が、違う。よく似ているけど違う。

邪魔された。それも先輩に似ていて、だけど違うから余計腹が立つ。

先輩だったらいいのかって言うけどそういう理由で腹が立ったんじゃないと思う。

偽者が許せなかった。私を動揺させて  を邪魔した彼が許せなかった。

見られたのだから、彼も、殺さなければいけない。

「あなた、誰」

 一旦、間を開け、彼は己の名を呟く。

「七夜、志貴」

「まがれ」

そう、一言、言った。

凶がるはず、

彼の腕を固定して捻じ曲げようとする。

なのに、痛みと共に力が喪われていく。

「―――――――!」

私は、どうすればいい。

殺せない、今は殺せない。

 普通の人と変わらない私はこの男に組み伏せられる。

 ――――もう■されるのはいや。

 だったら、逃げるしかない。

 

 

浅上藤乃は一言、まがれ、と言った。

でも、先ほどの青年のように俺は捻れない。

何故か、なんて思ったとき、

「――――――!」

彼女は疾駆した。

「待て!」

それを追おうとしたが、今は後ろにいる男が心配だった。

振り返ると、気絶していた。当たり前だ。あれだけの目にあえばそうなる。

捻れている腕はまともに動くことは無いだろう。

が、まだ生きている。

仕方なく、携帯で救急車を呼んで、浅上藤乃を追うのはやめた。

 

 

朝、白いリノリウムの廊下を歩く橙子は胸ポケットを弄る。

……病院は禁煙だったな。

煙草を吸うのを諦めて彼女は扉の前に立つ。

患者の名は弓塚さつき。

そこには面会謝絶、という拒絶の意思が表示されたプレート。

を、無視し、彼女は扉を開ける。

そこには驚いた表情で魔術師を見る少女がいた。

 

 

「あなた、誰ですか?」

目の前にはスーツを着て眼鏡をした社長秘書を思わせる二十代半ばの女性が居る。

面会謝絶の扉をくぐってきたのだから医者なのだろうか。

「蒼崎橙子、一応、カウンセラーをしているわ」

 その喋り方は小学校の女性教師のようだった。

 それより、私が最初に思ったのは、なんで、カウンセラーが必要なのだろう、ということだ。

私は大体、ここに居る理由もわからないのに。

「えーと、昨日あなたが何をしていたか覚えている?」

明るい声で話す彼女はどことなく共感を持てる。

「友達と歩いていて、気が付いたらここに居ました」

うん、間違いない。確かにそのはずだ。

 まるで魔術にでもあったかのようだ。私一人がタイムスリップ。ついでに入院のおまけつき。あんまり気分のいいものじゃない。

「で、医者から何か聞いた?」

いいえ、と私は答えた。彼女はそれを聞いてため息を吐いた。

「はっきり言って、奇跡みたいなものよ、あなたが打撲程度ですんだの。まあ、どこぞの変な奴があなたを助けたんだけどね」

そういう彼女は何故か笑っている。

「あの、私に何が?」

「ビルから落ちたの、あなたが」

「え?」

「警察の人が最近多い墜落死の共通点を探そうと血なまこになってるの。で、あなたが始めての生存者、だから、私がそのことの事を聞こうと思ったんだけど……」

私が、落ちた?

そんなの、知らない。

「で、その時の事、覚えてる?って、顔じゃないわね」

彼女はまた溜息を吐く。

こりゃ無理だ、と言って私の目の前に立つ。

「じゃあ、何か思い出したらここに連絡して」

名刺を置いて彼女は去っていった。

……まったく、カウンセリングされていないように、感じる。

でも、彼女はとても楽しい人だ。

また会ってみたいと思った。

名刺には「伽藍の洞」、と記されていた。

 

 

昨日は珍しく、夜の散歩はしなかった。あの、趣味の悪い死体を目撃して、警察の取り調べに出くわしたから昨日は疲れていた。

あんなところでああいう風にしている私を重要参考人みたいに思ったのかもしれないけど落ちてすぐの死体のそばにいただけだから私の行為も「混乱して」行ったものとみなされた。

その点、あの取調べをした秋巳って刑事はフォローしてくれて助かった。

なんだか、無性に腹が立つ。

今日の夜の散歩であの、迷惑なことをしてくれる幽霊を排除したくなった。

正直、前々から私はあの幽霊が羨ましいと思っていた。

だから、殺す。

―――式もそれを望んだ。

二日連続で俺が表に出るなんて久しぶりだ。

体を起こし、伸びをする。

そういえば、都古がいつものようにこない。

和服のまま、居間に向かう。

「おはよう、式―――ああ、ごめんなさい、織」

「おはようございます啓子さん」

啓子さんには悪いが正直、遠野式という人間は人間が好きではない。

養ってくれるから最低限のコミュニケーションをとるがたまに吐き気がする。

別に彼らが嫌いだからではない。

これは、俺という、織と式が一つの体(なか)に居るのだから、そう感じるのだろう。

もしかしたら、俺が居なければ式はまともにやっていけるのではないだろうか。

それは、ものすごく怖い答えに思えた。だって、俺を否定しているのには慣れていたけどその提案は正確すぎて魅力的な提案だった。だけど、絶対に不可能だし、俺も死にたくはない。

狂人は死ぬまで兇人だ。

「啓子さん、都古は?」

「一晩中、寝ずにあなたの事を待っていたからまだ寝ているわよ」

 

 

「で、昨日、特別変わったことあった?」

アーネンエルベで私達はまた幻視を確認する。

「また、落ちる幻視を、それに、目の前にそれとは違う女性が落ちてくるのを見ました」

ふむ、と彼は指を顎に当て、黙り込む。

「ところで晶ちゃん、こういう話、知ってるかい?」

彼は同じ姿勢のまま、話し始めた。

「不浄ビルの空には人を落とす幽霊が居るって噂話」

私は街にはよく来るけど、基本的に学院中心で生活しているからそんな話は知らない。

「知らないか、六月ごろから言われていてね。実は、僕は見たんだ。空に浮かぶ白い服の女性を」

 まさか、なんて笑おうとしたけど、七夜さんの眼があまりに真剣で笑えない。

「その幽霊がね、女の子たちを誘って落としちゃうって話なんだ」

「へえ、それは―――」

 なんだか、酷く現実味がないことですね、といえそうにない。

「―――不気味な話ですね」

 正直な感覚で答える。

「うん。だけど僕は見てしまったから性質が悪い。たぶん、君も見るかもしれないけど、説明が難しいな。生きているのに死んでいる、っていうのが僕のそれに対しての印象なんだよ」

 ますますわけが分からなくなってくる。私はいまさらだがこの七夜って言う人が不気味に思えてきた。

「いいかい、僕が見たとき、新聞に死んだ女の子の顔写真が載る前にその子はもう、あの幽霊と一緒にいたんだ。もうすでにその子が死ぬことが決まっているみたいにあの幽霊の周りには死んでいく子たちがいたんだよ。つまり、未来を見る、のではなくあの場所の時間が狂っているんだ」

 ますます、熱っぽく七夜さんは語る。それがなんだか少し怖くて、

「あの、申し訳ありませんけど私はこれからちょっと用事があるので―――」

 ありもしないことを言ってこの場を離れようとする。

「ああ、待った」

 といって私の手を握った。その手が妙に熱くて気持ち悪い。

「気をつけてね、また明日」

 笑って彼は言う。その眼がいつもと違って爬虫類みたいな印象だった。

 

 

―――――目が覚めた。

私は、あの後、ブロードブリッジに逃げた。

父のカードを使って中で一晩を過ごした。

ずっと、彼が、あの七夜志貴とかいう少年が追いかけてくるかと思った。

―――怖い。私が凶げることが出来なければあっという間に組みふされて、■されるだろう。いやだ、あんな気持ち悪くていやなこと、いやだ。せっかくもうそうならないくらいにまで壊してきたのに意味がない。

でも、私を襲いにくる気配はなく、いつもと変わらない、朝がきた。

朝日がまぶしくて、あまりにもきれい過ぎて、憎かった。

復讐をしなければいけない日々が始まると思うと憂鬱になる。なんでこんなことで私が苦しまなければいいのか分からなくて馬鹿らしくて仕方がない。

それでも、何があっても湊啓太、あれだけは殺さないといけない。

そうでないと、私は元に、元のお母様やお父様の望む良い子に戻れなくなる。

きれいだとみんなが思っている私が戻ってこない。

 

ずっと、両親の望むような良い子になりたかった。

私はずっとそれに答え続けていたつもりだけど、やっぱり私がやっていることと周りのずれは大きくて、私は失敗していく。

何故、私はこのような目にあうのだろう。

私はうまくしようとしていただけなのに。

私は基本的に疲れや寒さ、熱さに対する実感がない。

でも、今は、痛みと、全身を襲う気だるさが容赦なく体を襲う。

それに身を任せて、少しばかり眠ろうと思――――――

 

それが、夢だと判るユメ。

 

田舎の幻風景。

昔、お母様と住んでいた田舎の家。

そのときの私は浅神藤乃。

小さい頃、みんなと遊んでいるとき、私は自分の思い通りに事が運ばなかった。

今考えれば思いのほか単純なことで、幼稚すぎてみっともない子供の憤り。

でも、幼い私達にはとても大事なこと。

だから、鬱憤を晴らすように彼らが逃げ出さないように足を――――

はっと、目が覚めた。

それを、思い出してはいけない、と理性が叫んだ。だけど、駄目だ。記憶はまるで溢れた水でこぼれるまで止まらない。

 

私は彼らの足を―――

思い出してはいけない。

固定して、

思い出してはいけない。

反対方向に、軸を固定して

思い出してはいけない。

その言葉を言ってしまった。

だけど、もう止まらない。

 

「凶がれ」と、

 

凶げた。

 

「――――――――――――――――――――!」

  初めてじゃなくて、自分がしたことが怖かった。

 

 

欠伸。

だらしなく口を開ける七夜。そのソファの反対側で書類をぺらぺらとめくる幹也。

それを尻目に鮮花が窓際荷立って外を眺めている。

言葉も無く、三人は会話も無く、ただそれぞれの持ち場にいる。この部屋の主を三者三様に待ち続けている。

事務所の扉が開く。

「貴様ら、何をしている」

魔術師が不機嫌そうに彼らを見る。くわえたタバコの吸口を噛み締めていた。

「橙子さん、お帰りなさい」

 三人そろえて声を上げる。魔術師は溜息を吐く。

「あの、橙子さん」

鮮花はおずおずと手を上げて何か言おうとする。

「鮮花さん、実はあなたのこと少しくらい面倒を見てもいいわよ」

その言葉に鮮花の顔が軟らかくなっていく。

「但し、お兄さんをしばらく拘束するから」

「はい、構いません」

 そう言って鮮花は笑顔で部屋を出て行く。

「貴様ら、休むのはいいがその堕落ぶりはなんだ。黒桐、浅上藤乃の身辺調査の報告は!七夜、浅上藤乃を停めたか?」

二人はきょとんとした顔をして、

「どっちから言えばいいんですか」

「黒桐、お前からだ」

黒桐幹也はすっと立ち上がり、テーブルの書類を取ってそれを読み始める。

「えっと、浅上藤乃は旧姓浅神、母方の実家が旧家でそれなりに有名だったそうですが父親の浅上が結婚してその財産で企業を成し、今に至ります。母親の再婚相手だったらしいのですが、前の父親とは連絡がつきません。彼女の里で幼い頃、彼女は鬼子として疎まれていました。理由はよくわかりません。誰もその事について話しませんでした。

それと、彼女はこっそりと家族に黙って医者に通っています。時南という闇医です。彼女は無痛症で家族に異常だと言うことを知られたくなかったようです。時南さんは彼女が最近、来ていない事を不安だといいました。橙子さんなら説明は要らないかもしれませんが無痛症の患者は自分の異常を訴えることができないため、医者には常に通っていないといけません。彼女はそこに定期的に通っていたのですが期日を過ぎても来ないので連絡は案外楽につきました。

でも、おかしいですよね。浅上藤乃は湊啓太に痛いと電話をしてきて、痛いから彼を殺すって……。これは心が痛いと解釈すればいいんでしょうか?」

「黒桐、お前はつくづく鈍いな」

魔術師は青年に対して厳しく非難する。

「痛みがない、と言うことは心も痛まないということなんだ」

黒桐幹也は顔に疑問符を浮かべている。

「え? 七夜君、逢っていたの?」

七夜志貴はじっと、橙子を睨む。

「七夜、お前、昨日浅上藤乃と会ったのだろう。それでもこの言葉の意味がわからないのか」

二人の男は魔術師の勝手な言い分に顔を顰める。

「それより、なんで僕が浅上藤乃と昨日遭った事知ってるんですか?判ってるなら聞かなくてもいいじゃないですか」

「私が言ってるのは何故止めなかったかと言うことだ」

バンッとテーブルに拳を打ち付けて怒鳴る。

よく見ると、彼女の手が震えている。

―――力加減を間違えたか。

魔術師は正直、空腹も伴ってイラついている。

事件が解決すれば金と食事にありつけるのだ。

その金の元を目の前の七夜志貴は見逃した、と言うことに腹を立てた。

けっして、これ以上被害者が増えるのを我慢できないわけではない。

あくまで、彼女の行動理念は仕事と私事なのだ。

「……すみませんが浅上藤乃はしばらく僕が監視します。二〜三日以内にけりをつけますんで今は見逃してください」

魔術師は内心、毒づいた。

―――七夜、貴様にはまだ、両儀式と不浄ビルの件があるのだぞ。

「判った。これ以上被害者を出させるな」

そういうと同時に七夜は魔術師の結界から出て行った。

「所長、拘束って?」

黒桐幹也に振り返った彼女は彼が一度も見たことも無い満面の笑みで振り返った。

「幹也く〜ん、お仕事しようか、図面の」

その顔の裏の真意を黒桐幹也は最後まで読めなかった。

魔術師の空腹を満たすための別件の仕事が開始された。

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